6月1日(土) 午前9時 愛車ホンダアコードで小樽へドライブだ。

片路5時間。どうしても日帰りしなければならないので往復10時間の

ハードスケジュールだ。

波乱に満ちた、不可思議で生涯忘れられない一日が始まろうとしていた。


出来事は、知人からの一通のメールで始まった。

「巌谷國士さんの新刊「遊ぶシュルレアリスム」が出ますよ。」



〈遊ぶ〉シュルレアリスム (コロナ・ブックス)/巖谷 國士

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巌谷さんは、日本最大のシュルレアリストだ。

学生時代に自宅に押しかけようとしたほど尊敬するひと。

今は明治学院大学の名誉教授もしている。

そうか、シュルレアリスムは一種の遊びであり、ゲームでもあった。直ぐに頼んだ。


次の日の新聞を見ていると、小樽市美術館で5月18日~6月30日まで

詩人と美術「瀧口修造のシュルレアリスム展」が開催されるという記事が出ていた。



$絶対への接吻あるいは妖精の距離




一瞬震えが来た。情報が少ないので、ググってみたら、6月1日に

小樽市文学館で巌谷國士さんが来て講演「瀧口修造・小樽・シュルレアリスム」を行うと書いてある。

瀧口さんの展覧会は始めてだ。シュルレアリスムの作品を見るのも本当に久しぶりだ。


そして憧れの巌谷さんに会えるのだ。

一瞬頭が白くなった。

ググっていなかったら小樽に行ったのか。直ぐにわかってほんとうによかった。


急いで小樽市文学館へ電話で申し込みをしていた。

こんなチャンスが突然訪れるとは。


実は、3月に東京へ行くときに、松岡正剛さんと会い、吉本隆明さんの墓参りをすること。

そして詩人瀧口さんの関係書類や作品が収蔵されている多摩美大学図書館にある

「瀧口修造文庫」へ行く計画を立てていた。

残念なことに、その日は大学が春休みで閉館だった。

無念な想いは消えていなかった。


松岡さん、吉本さん、そして瀧口さんは亡くなっているので作品に出会いたい気持ちがずっとあった。

そして巌谷さんに会うことはわたしに残された夢だった。

わたしがシュルレアリストだという意識は今でもあるから。


3月に続いてこんなことがあるなんて、何かがあるのだろうか?。


友人から、車で5時間なんて体力的にも無理だよ。

疲れで事故るか、体調を壊してしまうと止められていた。

しかし、これが最後のチャンス。行くぞ。強行突破だ。


函館を発って、1時間の森町を運転中突然エンストが起きた。

この車では初めて。国道の真ん中だ。焦った。

エンジンをかけると動こうとするがアクセルを離すと、エンジンが切れる。

なんとか道路脇まで車をずらし、何度かエンジンをかけなおす。

20分はかかっただろうか。エンジン音が安定してきた。


原因を調べてもらおう。近くにガソリンスタンドがあった。

ついた途端にまたエンスト。これは小樽までいけないか。

店員はここでは見れないよという。整備工場へ行ってくださいと冷たく言われた。

焦った。どこにあるのですかと聞くと、なんとスタンドの斜め横。

なんとか車が動いて、社長が仕事をやめて直ぐに見てくれた。

これはエンジン付近の部品にゴミや汚れがついたと思う。

しかしいまエンジンを分解は出来ない。でもエンジン音は安定しているよ。

そのゴミが飛んだのかもしれないね。

選択は2つ。わたしが決めること。

またエンストする可能性は高い。帰るほうが無難だ。

しかし、あのときはどうかしていたのだ。必死だった。


あのときなぜエンジンは復活したのか?。

ダメだったらJAFを読んでその後のドラマは起きていなかった。

なにかが守ってくれたしかいいようがない。


無我夢中で、小樽へスピードアップして走った。

高速道路は一部あるけれど、時間が殆ど変わらないので一般国道を突っ走る。

それも山道が続く。


途中二セコ町の道の駅から羊蹄山が見える。


$絶対への接吻あるいは妖精の距離





ギリギリ小樽へ到着。予定到着は3時半。10分前に到着。

すぐ瀧口さんに関係したシュルレアリストの作品を眺める。

まだ息が荒い。

わたしのプロフィール写真でもあるマン・レイが撮ったアンドレ・ブルトンの写真を見て感動した。

それだけでも胸が一杯になるものだ。

まるでわたしに巡り合ったかのように。



$絶対への接吻あるいは妖精の距離



5時から巌谷さんの講演が始まる。

場所は同じ建物の1階の文学館。

唖然とした。どうして教えてくれなかったのか。

ここに瀧口さんの自筆の原稿やデカルコマニーの作品、どうしても見たかった瀧口さんの
書斎にあった、オブジェの数々。

宝石箱がたくさんあるのだ。

なによりも、それが見られてうれしくて涙がでそうだった。


どれほど憧れ続けてきただろう。

ここは瀧口修造さんの世界。鳥肌が立つ。


そこへドアを開けて入ってきたのは巌谷さんだった。

70歳。ステッキを使っているが、ジャケットといい、ヘアスタイル、薄めのサングラス。

ダンディなひとだ。

しかし講演まで20分もある。松岡さんと同じじゃないか。

始まるのが待てなくて来ているひとともう話し始めている。

気さくなひとだ。全く偉ぶらない。


1時間半の講演は中身の濃いものだった。

瀧口さんの小樽時代だ。

まだシュルレアリスムを知らない。巌谷さんは言う。

この詩のこの部分を読んでいると泣けてきそうになるんです。

瀧口さんに初めてお会いしたのは、巌谷さんは20歳。瀧口さんは60歳。

そんなことは関係ないというように毎週瀧口さんの書斎に行っていつまでも話し続けていたという。

なんという幸福な関係か。


瀧口さんがシュルレアリストであり反国家思想を持っていると思われ、特高につかまり8か月も拘置されていたこと。

美術評論家として有名であったにも関わらず、どんなひとでも受け入れたひと。

瀧口さんの書斎にどれほどのアーティストが訪れたか。彼らはオブジェを置いていった。


巌谷さんは講演時間を越えて話し続けていた。

司会者がそれではここでというと、わたしは後30分時間がありますといって、

わたしと話したいひとがいれば別室でもいいから話しましょうよという。

こんなひとはそういないと思う。

まるで瀧口さんのように。


おかげでわたしは、短い時間だったけれど巌谷さんと会話をすることができた。

「ナジャ論」のことなど。


あなたにお会いすることは、わたしの見果てぬ夢でしたと話した。

巌谷さんの愛すべきことば。「わたしは偶然の出逢いを大切にしています。」

ブルトンの<客観的偶然>の考えだ。ナジャそのもののように。

それが生きているということなのだろう。


7月9日~8月25日に東京の東郷青児美術館で「遊ぶシュルレアリスム展」があるという。

巌谷さんはここでも講演をする。彼が全て監修した展覧会だから。

「遊ぶシュルレアリスム」はそのために作った本のようだ。

これほどわかりやすい美しい本もないだろう。


巌谷さんは瀧口さんの弟子であり続けている。

そしてシュルレアリスムの使徒であり、伝道者なのだ。

それがあなたの美学なのだと思う。

シュルレアリスムへの愛であり、美への愛のひとだろう。


午後7時半にそれは終わり、わたしは山の中を突っ走り午前一時に函館についた。

エンストするかもしれないことは忘れていた。

熱い興奮と感動がそのことを忘れさせていたのだろう。


なぜか「遊ぶシュルレアリスム展」の招待券が手元にあった。

興奮していたのでよくわからない。



$絶対への接吻あるいは妖精の距離




夢のような一日とはこのことを言うのだろう。


次のページは開かれようとしているのかもしれない。


まるで奇跡のような一日が過ぎた。


そして妖精は現われるだろう。