澁澤龍彦さん。小説家、フランス文学者、評論家 。
こんな言葉では全く収まりきらない偉大なひとだった。
生涯尊敬し続ける人。
おそらく最も美について詳しく、美を知り尽くし、美を愛した日本人だと思う。
シュルレアリスムを真剣に紹介し続けた人としても偉大なひとだった。
表現の自由のために裁判でも闘い続けた戦士でもある。
単純な粋な人ではない。
何者にも属さないが、決然たる愛と美の人といってもいいだろう。
いままで、わたしは本ではドラコ二ア・ワードを紹介し、
詩人瀧口修造と画家のポール・デルヴォーでも書いている。
平凡社・文庫
この本は宝物のような本なので、是非手にとって見てほしい。
とても美しい本だ。
澁澤さんが愛した花を25種類について書いている。
フランス文学については日本一の博識なひとだったので、
作品からの引用の美しさは類をみない。
おまけに、ひとつひとつの花について内外から集めた貴重な植物図譜がついているので、
想像力で満たされる。
博物学のひとでもあった。
すこしだけ内容を紹介したい。
・「菫」すみれ
「中世になると、スミレは聖母マリアの花として脚光を浴びることになる。
匂いや気品もさることながら、キリスト教のなかでいちばん大切なものとされた
謙譲をあらわしていた。
マリアは「謙譲のスミレ、純潔のユリ、慈愛の薔薇」なのである。
この三つの花ほど中世の美術に頻出する花もないだろう。」
・「牡丹」ぼたん
「花妖ということばがある。花の怪、あるいは花の妖精という意味。
わたしはこの花妖という言葉が大好きなのだ。」
中国の小説の「牡丹と耐冬」の話を紹介してくれる。
内容は本でゆっくり味わって欲しい。大人の男女の深い物語だ。
「ちりて後おもかげにたつぼたん哉」 与謝蕪村の句。
「くっきりとしたイメージとともに動物や植物を歌った詩人として蕪村は最高であろう。」
・「薔薇」 ばら
「ナポレオンの皇后ジョセフィーヌはマルメゾンに260種におよぶ薔薇の品種を蒐集した。
シャルダンは生涯にわたって薔薇を書き続けた。
ロンサールがその詩のなかで薔薇にふれたのは、おそらく百回以上におよぶだろう。
ヘレニズムも中世のキリスト教も、寓意文学も、錬金術も、王家の戦争も
聖女伝説も、ダンテもボッチチェリも、紋章も庭園も、ステンドグラスも香水も、
リルケもリヒャルト・シュトラウスも、ただちに薔薇のイメージとともに
思い出される名前だからだ。
まさに薔薇こそ世界に冠たるシンボリズムの王者だという気がする。」
薔薇の歴史をあっという間に語っている。
見事な名文だ。
三つの花のことだけで、澁澤さんの知識と花への愛がどれほどかわかると思う。
澁澤さんは日本一のダンディストだと思う。
わたしが薔薇の美しさを知ったのは、いつごろだろうか。
いつしか、テレビドラマや映画のように、真紅の薔薇を贈ることに憬れるようになった。
世界で最も美しい薔薇を贈ることは、それがわたしが薔薇を愛する証であり、
そのこころを届けたいからなのだろう。
美しいものにことばはいらない。
しかし、あまりの美しさゆえに、それは何故なのか話したくなる。
それが美しさというものだろう。
あなたじしんが美そのものだと思う。
男はいつだって、その一瞬、垣間見える美しさに、あっという間に魅了されものだから。
あなたの瞳にも、美の妖精が見えるかもしれない。
澁澤さんはそのことを知っていたひとだろう。
最近、澁澤ワールドが復活しているようなのでにうれしい。
「銀座や六本木の花屋で、大きな薔薇の花束をつくってもらって、友人の家のパーティ
に出かけてゆくことがある。
そんなとき、通行人の視線をあつめながら花束をかかえて歩いていると、
ふしぎに華やいだ気持になる。むろん、これは西洋の薔薇である。」
この気持は凄くわかる。
サプライズするほうも、花屋で薔薇を頼むときは照れてドキドキだから。
でも贈る気持のほうがうれしいのだろう。
花の魅力や美しさをもっと知りたいと思う。
一輪の花が、愛に繋がっていけばいいと思うから。

