20代半ば、
希望が叶い緩和ケア病棟に勤務しました。
(以下👇これまでに記したこともありますが)
「あなたが私達の言うことが分からない様に、私達もあなたの言うことが分からない。」
と師長に言われたことは、ずっと忘れられません。
とは言っても、
私が当時感じていた違和感の言語化は出来なかったし、
最近までそれは強く続いていました。
30歳くらいの頃だったか、
ある勉強会で、ある在宅緩和ケアの看護師さんの言葉に泣きました。
「私達は、しぬためのケアをしているのではなく、生きるため、生きぬくための看護をしているのです。」
という主旨です。
そう、まるで
苦しまない臨死期となるためだけのケア,サポートではないか、
と感じていた部分が私は苦しかったんだ、
と実感しました。
でも、ここで止まっていました。
「死の受容」が看護目標となっていたことは、
当時の精神腫瘍科医と
何年か前の学会で再会した際、
その違和感と誤りを分かち合うことか出来ました。
骨髄移植後、本当に生きていて良かったと思いました。
年齢を重ねてより誠実なこの精神腫瘍医に感謝でした
でも、ここで止まっていました。
当時の(介護保険制度前・認定看護師制度前)緩和ケア病棟で…
まだ生活に彩りもてている肺がん患者さん
腫瘍由来の反復する肺炎に対して、
当時、抗生剤投与をしないのが原則との話でしたが、
私は納得出来ず、緩和ケア医長と話しました。
この医師が私の考えに向き合ってくれたことは、有難いことではありました
抗生剤は3日間の条件で点滴投与となり、
苦痛の悪化や長引くことも無く、
その方のその時の日常が回復出来ました。
全身状態の悪化まで、これを数回繰り返した記憶があります。
気管切開している頭頸部がんの患者さん
病態にて、経口摂取は栄養とはならず誤嚥性肺炎のリスクにしかならない状況、
点滴も分泌物増量や腫瘍増大にしかならないとのことで、この医師は適応外としていました。
ご家族はそれを理解はしていらっしゃいましたが、受け入れは出来ず、点滴を希望され、
私はそれを尊重しました。
この医師とは口論になりましたが、
全身状態の悪化まで
点滴(末梢血管より500ml以下で ブドウ糖混注は医師と激バトルでした)を実施でき、
ご家族も納得され、点滴はその時には積極的に終了となりました。
一般病棟から緩和ケア病棟に転床してこられたばかりの患者さん(私のいるチームでは無かった)
高カロリー輸液は短期間で減らされ、
元の主治医(私が新人時代より敬愛の医師)が四苦八苦して選択となった硬膜外投与のモルヒネもすぐに抜針され、
経口〜皮下投与に変更なりました。
モルヒネ投与量は増量となるため、副作用のコントロールが重なります。
抑うつ状態になるのはやはり早かった。
私が一番初めに担当(プライマリー)となった患者さん
色々課題がありましたが、
中でも、2型糖尿病に対し、
緩和ケア病棟入院後、一般的な血糖コントロールをしなかったことには、今改めて疑問を感じています。
視力低下〜失明?回避出来たかもしれない?
苦痛となることはしない
延命もしないし死を早めることもしない
を大前提として謳っていましたが、
例えば、血糖測定やインスリン注射が苦痛かどうかは医師が決めるのではなく、
本人が医療者と共に決めることだと、私は当時より漠然と思っていました。
(と言うか、基本は、がんの有無やステージに関わらず、全身状態をみながら糖尿病フォロー継続は必須と考えています。
これは、その人の尊重や尊厳に関わることと思う様にもなりました。)
そもそも
緩和ケア病棟の医療点数は1日当たりの定額制でもあるため、
医療行為は限られたものとなる。
「こまめくん、欧米ではね、」
と、この医師からよく言われていましたが、
それはあくまで欧米式であり、
国の医療の歴史や国民性なんかが違うので、
「今の日本でのあり方」っていうのがあるのではないかと、私は漠然と思っていました。
近年となり、
「患者さんが自分で決める時代になったから。」と、
当時の師長=私の移植病院の当時の看護部長や
看護学校からの同期で後に緩和ケア認定看護師になった友人が言っていて、
私は漠然と違和感だったのですが、
それも私の「答え」だったのだろうと思います。
今再び、部署こそ違えど、
短くはない時が経ち、時代も変化したとは言え、
この病院に勤務して、ふと思ったこと。
ここの看護師(医療者)が、
時代時代で、最上級的な整った敷かれたレールで学び続けたことや、
それらによる自分たちの正しさで、
患者さんご家族のレールに乗りこんだり、レールを支えたりするのではなく、
自分たちのレールに患者さんご家族をのせているのではないか。
自分軸、相手軸、とこれまで自分で言っていたことにもつながりました。
昔も今もコレなんだ、と気づいた気持ちでいます
生きてきて良かったです。
この約30年で、
がん告知が普通となり、
その結果、必然的にも
「先生にお任せします」ではなく、
患者さんご家族の意思決定が当然となり、
そのための支援が声高に叫ばれている様に感じていますが、
多からず少なからず「自己決定は当然」などと私はずっと思っていた様な気がします。
患者家族こそ、
自分のレールに「医療者を」巻き込む、利用するという意識が大切だと思い直しています。
患者力です。
今の私の感想です👇
比較的小さな規模の病院では、
患者さん⇔医療者が互いの人間性も、
比較して感じ易い環境であり、
患者さんの日常生活から人生,歴史までも、
例えば看護師が知る機会があり、
ワンステップで、
又は隙間を埋めながらのサポートも、比較的展開し易い環境である気がしています。
ただし、当然ながら、
看護師(医療者)に、知識、技術、実践の力量,情熱が揃う必要があると思います。
大きな病院では、
複数のより活動的な○○〜〜チーム、
より専門的な相談支援センター等、
フォロー体制のカタチは充実していますが、
そこを患者さんご家族が、
最短で渡り歩ける様な、医療者からの能動的なサポートは不十分だなと感じています。
「人対 人」のコミュニケーションが成立〜熟成されにくい環境。
各担当看護師 他医療者に知識はあったとしても、
それを、患者さんご家族に個別性をもって(最大限)活用できるかは、
また違う段階であるなと実感を重ねています。
これは、ロングサバイバーとしても実感を重ねています
治療そのもの以外の問題、
自らを看護し患者力で
医療者にその都度都度サポートを求め、
時に弾かれ失望しながらもクリアして来た、
本当に負荷の大きい長い時間です。
👆勉強させて頂いております🍀