カフェ『AQUA』⑳マスターの底力【小説】  | makoto's murmure ~ 小さな囁き~

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マスターの底力

 

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海斗くんの騒動で、今日のAQUAは午後から休店となった。
今までにも「明日は海斗の試合だから休むよ」何て急に店を閉める事はあったけれど、営業の途中で閉めてしまうことは初めてで、正直驚いた。
何よりも、いつも淡々としているマスターのあの余裕のない表情が意外だった。

「青葉ちゃん明日でやめるんだっけ?」

注文したカルアミルクを出しながら、奏さんが寂しそうな顔。
 

「はい。でも、帰ってきますから」

私はまだここにいたい。
だからアパートの荷物もそのままにすることにした。

「待ってるからね。今日は私のおごりだから飲みなさい」

最近お酒を飲めるようになったばかりで甘いお酒しか飲めないけれど、お酒の味も仲間と飲む楽しさも、私はここで教えてもらった。

「明日でお別れなんて寂しいわね」
「ええ、本当に」

 

たまたまお店に来ていた優子さんも、別れを惜しんでくれる。
別れは寂しいけれど、こうして言い仲間に出会えた私は幸せ者だと今は思える。


「それに、今日は大変だったんでしょ?」
「え?」
「海斗くんのこと」
「ああ、私は店が閉まってすぐに帰ったんで結末は知りませんけれど」

今日病院で起きた立てこもり騒動に海斗くんと彼の友達が関わっていたってことらしい。

「海斗くんの友達が強盗犯の1人だったんでしょ?」
え?
「違うわよ。強盗犯に脅されて病院へ電話をかけさせられていたんですって」
奏さんが訂正してくれるけれど、
「えー、だって。三上って子も一味で海斗くんも共犯なんじゃないかって、もっぱらの噂よ」
「もう、優子。いい加減なこと言わないの」
メッと、奏さんが睨む。

でも、人の噂を止めることは出来ないから、しばらく海斗くんも辛いかもしれないな。そう思うと、かわいそう。

「大丈夫よ。海斗くんにはマスターがついているから」
「そうですね」
私の心の声は奏さんに読まれてしまっているらしい。

***

明日にはここを離れなくてはいけない寂しさから、奏さんのところに飲みに来てしまった私は、店のオープンからずっとカウンター席を占領している。
お陰で、今日の騒動の顛末も見えてきた。

強盗団に脅される格好で目撃者であるガードマンさんの容体を探っていた三上くんは、思いあまって病院へ潜入したらしい。
しかし、すぐに見つかり病院の中を逃げ回る結果に。
それを助けようとしたのが海斗くんだった。
その後、病院から無事逃出した三上くんはお父さんと一緒に警察へ出頭した。

「でも、もし三上って子が強盗に関わっていないなら犯人を売ったことになって、逆恨みされたりしない?」
「うーん」
確かに、優子さんの意見も一理ある。

「そこはね、マスターがちゃんと釘を刺したらしいわ」
「へ?どうやって?」

「元々強盗犯のリーダーは隣町の人間でね、小さな悪さを繰り返していたチンピラだったのよ。マスターは色々なところに顔が利くからね、そいつに関わってる店とか、恩義のある人間に根回しをして、もし海斗や三上くんに何かすれば金輪際不動産を貸さないって言ったらしいわ」

「それって・・・」
「この辺の土地はかなりの割合でマスターが所有しているし、ビルのテナントだってマスターが貸さないって言えば店はつぶれるのよ。だから、誰もマスターには逆らわないの」
へええー。
「マスターって、怖い人だったんですね」
「フフフ。そうね」

奏さんは笑っているけれど、本気で身震いがした。
道楽で店をやっているとは知っていたけれど、ここまでとは・・・さすが。

「海斗もこれで懲りたでしょうし、いい薬になったと思うわ」
「そう、ですね」

思春期の彼には迷惑でしかないだろうけれど、こんなにたくさんの人に心配してもらえる海斗くんは幸せ者よね。