カフェ『AQUA』⑲SIDE海斗・・・トラブル発生【小説】  | makoto's murmure ~ 小さな囁き~

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SIDE海斗・・・トラブル発生

 

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「ねえ海斗、あなたお昼は食べたの?」

 

心配そうな顔をした母さんが聞いてきたが、この状況で聞く事と顔をそむけた。

「学校には連絡しておくから、明日は行くのよ」
「・・・」

フン。
俺は返事をすることなく、視線をそらした。

父さんも母さんも、いつだって何も言わない。
小さい頃はただ優しい両親だと思っていたが、最近になってただ無関心なんじゃないかと気づいた。
結局、俺の事なんてどうでもいいと思っているんだ。

ブブブ。
俺の携帯に着信。

あれ、三上先輩。

「もしもし」
『もしもし、海斗か?』
「ええ」
電話の向こうの声が異様に焦っていて、何かあったと感じた。

『お前、今どこ?』
「店ですけれど」
『良かった。悪いけれど、ちょっと手を貸してくれるか?』

「・・・どう、したんですか?」
思わず身構えてしまった。

『着替えを持ってきて欲しいんだ』

着替?

え、ええ?

「どこに、持っていくんですか?」
俺の中のイヤな予感が、ドンドンと大きくなっていく。

『今、市立病院にいるんだ。何でもいいから着替えを頼みたい』
「え、あ、先輩?」

さっきから拓人さん達が話していた内容は俺の耳にも入っていた。
ナイフを持ち逃げている男。
それって・・・

『海斗、大丈夫か?』
「ああ、はい。あの・・・」
どうしよう、言葉が続かない。

『海斗、頼む。・・・助けてくれ』
「先輩」

電話口から聞こえてくる泣きそうな声に、迷いは消えた。
きっと何か事情があるんだ。先輩は悪いことをする人じゃない。
巻き込まれただけに違いない。だから、助けなくては。

「わかりました」
立ち上がって、俺はカバンを手にした。

元々学校へ行って部活もするつもりだったから、カバンの中には着替えが入っている。
これを渡そう。そうすれば先輩も助かる。

『ありがとう海斗。一生恩にきる』

随分大げさなと思った。
この時の俺はまだ事の重大性を認識しきれていなかった。

「ごちそうさま」
残っていたアイスコーヒーを流し込み、顔を見ることなく父さんの方に声をかけた。

「どこに行くんだ?」

え?
行き先を聞かれたことに驚いて、顔を上げる。

「お前は今からどこに行くんだ?」

再度聞かれ、足が止った。
まさか父さんに聞かれるとは思っていなかった。

「友達の所に」

嘘ではない。
俺は今から先輩の所に行くんだ。

「やめとけ」
「はあ?」
「今日はもう、家に帰れ」

なんだ、どうしたんだ。普段はこんな事言わないのに。

「大丈夫。すぐに帰るから」
「海斗」
何か言いたそうに俺を見ている父さん。

「ごちそうさまでした」
父さんの視線を避けるように、俺はAQUAを飛び出した。

***

「先輩」
「海斗」

指示された場所は病棟の隅にある家族控え室。
部屋の奥に積まれた段ボールの後ろに先輩が隠れていた。

「大丈夫ですか?」
「ああ」
本当は何があったのか聞きたいのに、怖くて聞けない。

「とにかく、ここから出ましょう」
「ああ、そうだな」

ここまでたどり着く間、何人もの警官に会った。
学生服を着ている俺に話しかける人はいなかったけれど、正直怖かった。
ここに長居は無用だ。
俺はカバンに入れていたTシャツとジャージを先輩に渡した。
随分ラフな格好だけれど、今はそんなことも言っていられないだろう。

「先輩、急ぎましょう」
早くここを出ないと、先輩が捕まってしまう。


人目のないルートを通るながら、先輩と俺は救急入口の近くまでやってきた。

さあ、問題はここからだろう。
今、病院の入り口には何人もの警備や警官がいる。
病院を出ようとする人間は必ず声をかけられる。
でも、行くしかないんだ。


「こんにちは」
やっぱり警備員に呼び止められた。

「「こんにちは」」
「今日は診察ですか?お見舞いですか?」
「えっと・・・」
「学生さんかな?」
もう1人近づいてきて、囲まれた。

「今、人を探していてね。病院を出る皆さんに聞いているんだ」
「はあ」
「名前と、学校と、今日は何しに病院へ来たかを教えてもらえる?」
「えっと・・・」

困った。俺と先輩は完全に固まってしまった。
その時、
「海斗」

え?
「父さん」

なんで父さんがここに?
ポカンとしてしまった俺に近づく父さん。

「あれ、マスター」
警備員の表情が緩んだ。

どうやら知り合いらしい。

「すまないね。うちの息子なんだ」
「マスターの?」
「ああ、病院へおつかいを頼んだんだが、なかなか帰ってこないから見に来た」

へ?
おつかい?

「そうでしたか。病院で事件があって声をかけたところでした。そういうことでしたら結構ですので」
すんなり通された。

「2人とも、帰るぞ」
「はい」
逆らえるはずもない冷たい声に、俺たちはただついて行くしかない。

***

店に戻ると、入り口には『CLAUSE』の看板がかけられていた。

「お帰りなさい。俺たち上がりますから」
片付けを済ませたらしい大地さんが、エプロンを外している。

「悪いね。明日は通常通りでいいから」
「はい」
ポンと俺の肩を叩き、大地さんは消えていった。
どうやら、俺たちのせいで店を閉めたらしい。


「座れ」
顎で示されたのは1時間ほど前まで俺が座っていたソファー席。
今さら抵抗する必用はないと、俺も先輩も腰を下ろした。

「いいと言うまでそこから動くな。1ミリもだ。ただジッと座っていろ。いいな」
いつもとは違う厳しい声に、コクンと頷くしかなかった。

「それから、お前はおやじに電話しろ。大事な話があるからすぐに来いって」
「・・・」
先輩は反応しない。

「お前がしないなら俺がするぞ」
「・・・」
そう言われても、出来ないのだろう。

「もういい、俺が呼ぶ」
父さんは奥に消えていった。

*****

30分ほどで先輩のおやじさんがやって来た。

「すみませんでした」
父さんに頭を下げ、店の奥に座る俺たちに気づいた。

「お前って奴はっ」
バシッ。
鈍い音とともに先輩の頬が赤くなった。

「人に迷惑をかけるようなことはするなって、あれだけ言ったのに」
襟首を締め上げるおやじさんが、うっすら涙ぐんでいる。
 

「ごめん」
「謝るくらいなら最初からするな」
「・・・ごめんなさい」
先輩も泣いている。

「まず何があったのか、お前達がどこまで関わっているのかを説明しろ」
 

おやじさんと並んで俺たちの正面に座った父さんが命令に、先輩はポツリポツリと話し出た。

「1ヶ月ほど前に隣町のクラブでバイトをしていたんです。その時店に来たお客さんに『父親が市立病院へ入院しているんだが、絶縁状態で会いに行けない。親戚の目が合って自分では電話も出来ないが、容体を知りたいから電話してくれないかと言われたんです」
「そんな話、おかしいとは思わなかったのか?」
おやじさんが呆れたように聞き返す。

「最初はなんとも思わなかった。絶縁状態の息子が現れたとなれば、やかましい親戚もいるって言われたし。でも、何度もかけているうちに『何か違う』と思い始めた。でも言えなかった。そのうち何度も何度もしつこく頼まれるようになって、絶対におかしいと気づいて、でも、」
「でも?」
「もうかけないと言った途端に態度が変わって、自分達は強盗団の一味で、電話で容体を聞いていたのは目撃者のガードマン。電話をかけていたお前ももう仲間だって言われた」
「なんで、その時に言わなかったんだよ」
確かに、その時点で話していれば、こんな大事にはならなかった。

「自分でなんとかしたかった。おやじに迷惑をかけたくなかったんだ」
「馬鹿野郎」
先輩とおやじさんの悔しそうな顔に、胸が痛む。

***

「さあ、これからどうする?」
困ったなって顔をして、俺と先輩を交互に見る父さん。

「父さんお願い、先輩を助けて」
俺はテーブルに両手と頭をついた。

「バカ、お前は自分の心配をしろ。こいつを病院から逃がしたって事は下手すればお前も共犯と見なされるんだぞ」

ああ、そうだった。
人ごとではないのか。

「とりあえず、強盗犯は何人だ?」
冷静に状況を確認する父さん。

「俺の知る限りでは3人です」
「地元の人間か?」
「ええ、リーダー格は隣町の奴で、」
名前と写真を見せる先輩。

「ふーん」
父さんはしばらく見ていた後、
「わかった。こいつらはなんとかするから、お前はおやじと一緒に警察へ行ってすべて正直に話せ」

え?
「大丈夫なの?」
そんなことをすれば先輩がひどい目に遭うんじゃないだろうか。

「大丈夫だ。地元の人間。ましてやチンピラまがいの人間なら、俺がなんとかする」
「でも・・・」
「安心しろ。お前らに危害を加えるようなことはさせない。この町にはうちの土地を通らずに入ってくることなんで出来ないんだ。俺はそれだけの力を持っている。チンピラの1人や2人いくらでも潰してやるさ」
その言葉に一寸の迷いも感じられない。

うわー、怖。
俺は初めて父さんが怖いと思った。

「すみません」
おやじさんが深々と頭を下げる。

「気にするな。それより海斗、お前も後から呼ばれるかもしれない。覚悟しておけ」
「はい」

父さんはいつも穏やかで、怒ったりすることは滅多にない。
だからこそ、怒らせると怖い。
そのことを久しぶりに思い出した。

「海斗、父さんは出かけてくる。お前は母さんと一緒に帰れ。厨房にいるはずだから」
「はい」
「わかっていると思うが家から出るなよ。もしフラフラ出歩いたら、どうなるかわかるよな?」
「あ、ああ」
さすがにこれ以上父さんを怒らせるようなまねはしない。
俺だって命は惜しい。