家事などをしているとき




ふと




子どもの居場所を探してみる




子どもの気配が無いときがある




そんなとき




本当は



私に子どもは



いなかったのではないか



という感覚になる



トラウマじゃないが



子どもが出来ないということは



自分の心を強くもし



蝕みもしたのだなと思う










自分の親によく言われる



「よ〜生まれてきたな〜」

「治療しなければ出会えなかった」






不妊治療は



医学の進歩と言えば



現実的ではあるが




娘は


自然の摂理に反して


生まれてきた



と思うこともある




「自然の摂理に反する」という



この考えが



私は怖いと思う





先日娘が



ビニールの切れ端を



いつの間にか口に入れていて



その上に



私が知らないまま



昼食の小さいおにぎりを



食べさせた



結果的に喉を詰まらせ



救急車を呼んだのだが



救急車が来るまで



ハイムリック法をしたおかげで



おにぎりもビニールも



口から出てきたので




事なきを得たのだが




私は


対応している間


パニックになりながらも



「反したからだ」

と思ってしまった瞬間があった



「そんなに人生うまくいかない」

「救急車で気管切開するのか」

「脳に障がい残るかな」

「命だけは」

「何食べたの」


色々頭をめぐった



この



「自然に反する」


という考え



やめないとなと思う



何か起こる度には



心が持たない



まず


何か起こるかも知れないことが


怖くて



こういう



恐怖とも


私はこれから付き合って



いかないとと思う



一生


子どもの傍には



いられないのだから




妊娠する前に


夫と


話したことがある



こんなに



治療して出来た子どもは



この上なく可愛いと思うよね



出来たら良いね



でも


子どもに



事故や怪我



とても辛いこと



あるかも知れない


それが怖いでは



子育てなんて無理だよね



その子の人生なんだから



すべてを受け入れる覚悟が必要だね



何か起きるのが怖いから



箱に入れるのではなく



可愛い子には



旅をさせようね