感動日記 四一六六 修行とは己の欲望に克つ事 令和六年四月一日 | 雨にも負けず菩薩道

雨にも負けず菩薩道

菩薩の心で人生を生きる。

最近の電車は乗っていてもガッタンゴットンという音はしなくなりました。

線路を見ると継目がないようなので運転手さんに聞いてみました。

線路の鉄の長さは20mで溶接してあるので分からない位になっているそうです。

昔、聞いた話ですが夏の暑い日には線路のレールの鉄が熱で膨張して曲がってしまうので線路のレールとレールの間を少し開けてあるのだというように聞いていました。

当然ガッタンゴットンという音がでるのだろうと思っていたのです。

最近のレールは多分ですが研究して熱に強い鉄製品になったのではないだろうかとも思われます。

ロングレールの場合は「伸縮継目」といって、伸縮した分を逃がすための特殊な構造が施してあるようです。

レールの熱膨張は人が研究して事故が起きないようにしています。

 

 

ふと思ったのですが修行とは己に克つ事ではないだろうか。

他の化物のようなものに勝つことではなく己の心の中にある悪魔との戦いを修行というのです。

 

坐禅をしたり滝に打たれたり荒行をおこなったりする事ではなく習慣病などとの戦いなのではないでしょうか。

分かりやすく言えば己の欲望との戦いであり勝利した時の感激こそが人生の喜びでもあります。

何故、この事を義務教育で教えないのだろうか。昔からのことわざに、「情けは人の為ならず」というものがあります。

これは「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にした方が良い」という教えです。

 

この言葉も義務教育で明確に教えて欲しいものです。