今の私は、現在の世界の利己主義の人々の一人であると気づきました。

受験勉強として、国語の勉強をしていたとき、そこにかいてある文章に私はとても心を動かされました。
題は『環境哲学への招待』(西川富雄)です。
主な内容は、現在の人間は[人間中心主義]であり、それによって環境問題が世界規模で深刻になっている、というものです。
人間は本来、他の生物や自然環境と共存し合い生きていくべきものだという主張に、私もとても共感しました。しかし、今、バオバブさんのような、太い幹を地球の中から支えてたくましく生きる、存在が純粋な方に聞いてほしいことがあります。
私はいつも、「良心」というものを知らずに使っていました。しかし、本当の良心が、この文章を読んで、少しだけ理解できたように思います。文章を読み終えた今、私がわかるのは、「良心」とは他人、さらには神に認められることを目的にして行うものではなく、「自分自身」が「自分」を律することである、ということです。そして「自分自身」が「自分」を律する、ということは、功利性や、名誉に偏った考えを捨て、利己心、称賛も捨て、自然の流れにしたがって生き、いつも「他」を想って行動することだ、ということです。私はこの考えに本当に心から感動しました。しかし、今の世の中は、「お金」が最も影響力の高いものになっています。私も時々、大きな家に住んでいる裕福な人に憧れてしまいます。今の世界には「資本主義」の国まであり、私のように、金持ちになりたいと一度でも思った人も、沢山いると思います。また、それとは反対に、「他人のためになることをすれば幸せになり、成功する」と言う成功者もたくさんいるのを知りました。。しかし、人工知能の開発や、人工受精の普及に力をいれている人なども同じことを言っているのに少し疑問になります。私は、彼らのような考えに共感する人からすると、とてもひねくれていて頑固だと言われるかもしれませんが、人工知能や人工受精など、元来の自然の素晴らしさを大切に使うことができず、「人」のためだけに良いことをしようという考え方は、あまりにも考えが浅く利己的に見えるのです。そのような「行為」を見ると、どんなに素敵な言葉で行いを飾り付けても私には「悪」にしか見えません。しかし、今の世の中はそのような考え方の人も沢山存在し、私と同じような考え方を持つ人がいたとしても、ほとんどの確率でそのような倫理的に反するものは世界中に増えていくと思います。
私は、人間よりも自然に生きる動植物を大切にしたいと思う傾向があるのですが、そのような私からすると、一部では、「人」を想ってその人が望んでいる行いをする、ということにとても抵抗を感じます。しかし、世界はこのようでなくともほとんどの人が他人のために尽くしています。私にはそれが苦しくて辛い気持ちになります。
もしもその延長線で、人工的で倫理的に反するものでお金をもうける人たちが増えてきたら、他の生き物はどういう気持ちになるのでしょうか。
また、私たち人間が今行っていることすべて、価値観のすべては、バオバブさんを傷付けているのではないかと心配です。