成長について 2018.7.11(wed)

今日は、バオバブさんに読んで欲しい文章を作りました。私の意気込みです。

私が思うこの人生の不平等感、悲しさ、みじめさ、苦しさは、本当の世界を表しているのではなく、すべて自分が大きくなるにつれて身につけたもの。

実際の世界には、そんなに苦しいものは存在していない。

私が考えているのとは反対に、実際の世界は穏やかで明るく、希望に満ち、生きることに肯定的なものなのだろう。

何が、私の価値観を汚し、実際の世界を見えないようにさせるのか?

それは、私自身である。

目で見たもの、耳で聴いたもの、口に出したこと、それらから私自身が後天的に考えていくことによって生じた概念が、私を歪ませているのだ。


行動もせず、一人で考えすぎると、物事は偽りの姿に変わっていく。

だから、自分が考えたことについて、100%正しいとは思わないようにしよう。

五感で感じたことに優先順位をつけ、物事の細かいところまで全てを理解しようとは思わない方がいい。

小さかった頃のように、物事の必要性を区別できるようになろう。

それを考えることで将来得られるものがありそうなことを思考の世界に積極的に取り込んでいけるように、「外部」の思考に振り回されず、自分自身に語りかけ、大切なことをたくさん見つけれるようにこれから訓練していけば良い。

答えがないものでも、
言葉に表せないものでも良い。

自分にとって、その後の成長にプラスの影響を与えそうなら取り入れ、心苦しくなることは「受け止めよう」。

人の感情には波があり、穏やかなときもあれば、荒いときもある。

荒いときというのは、荒くなる要素にまだ自分が気付いて改善していこうとできずに、成長するチャンスを逃しているから。

そういう調子の悪い時こそ、それまで自分で蓄積していったプラスの知識要素を利用できるチャンス。

周りが自分に出来ない方法で逆境を乗り越えているからといって、自分の全てを捨ててしまうことになったら危ない。

見栄を張っても、そのあとに押し寄せてくる波は穏やかにはならない。

かえって波の荒さは激しくなる。

だから見栄を張るのではなく、素直になろう。

今のまま、何もせず、毎日悲しいこと、辛い経験を考え続けていれば、きっと5年もしないうちに私は周りの意見が聞こえないくらい自分の悲観的な世界観に閉じこもってしまうだろう。

自分勝手と自分を大切にすることの違いをもう一度見直し、これからは自分を善い方向へ向けられるように、「自分を大切にする」ことを第一の要素として身に付け、変化し続ける人生を決定し、見栄を張ることよりも自然体で生き、物事の善いところを取り入れられるようにしていこう。

☆質問☆
自分勝手と自分を大切にすることの違いがあまりはっきりとしません。どうすればこの違いを理解できますか?