ホントに絶望的にバカな身体を持って生まれてしまったと思うことがある。
それはもう全く自分の意識していない部分で行われていることであり、どうしようもないことなのだが、悲しくてしょうがないのだ。


幾つかエピソードを紹介しよう。
これはもう日に一回は必ずと言っていい程よくあることなのだが、仕事中なんかに小便を我慢まではいかないけども、ちょっと行きたいなぁって感じの時がある。
んでトイレに向かい、トイレの門をくぐった瞬間、(俺の許可も無しに勝手に)脳が膀胱に「よく耐えたね~。たーんと開栓しておやり」と指示を出すのだ。
こちとらまだトイレの門をくぐっただけであり、便器の前にも来ていないし、チャックだって下ろしていない。
だから急いでチャックを下ろし、その間中ギイィィィって感じで奥歯を食いしばって決壊を阻止するのである。
この間なんて、先述のように決壊を食い止めながらチャックを下ろしていると、チャックが途中で止まって下りていかないというハプニングに見舞われた。
それでも脳の中枢からは膀胱へ容赦のないGOサインを出し続けている。
そうするとこちらとしても堪えきれなくなって、右足を床に向かって何度も何度も垂直にドンッドンッと、氷室と布袋のホンキー・トンキーの掛け合いよろしく足踏みしてしまった。
地団駄を踏むという言葉があるが、まさにそれだ。
こんな形で人生初の地団駄を踏むとは思いもしなかった。
まぁ幸いチャックは下り、事なきを得たが、それにしてもトイレの門をくぐった途端にそれゆけとばかりに開栓し、言うことを聞かないとは、ボクの身体はとても残念な仕上がりだと思う。


他にも、オナニー時(ボクは中一の頃から現在に至るまでずっと変わらずオナニー児だ)に、なかなかどうしてよろしゅうおまんなぁというビデオに出逢い("出会う"より運命的な感じがするでしょ)、興奮も高まり、さぁイクぞって時にあまりにも我を忘れ、テレビに近付き過ぎて頭をブラウン管で強打することがままある。
いくら不慮の事故とは言えど、武豊の落馬と比べたら雲泥の差である。
てゆーか比べること自体が冒涜だろうな。
それにしてもこれはなかなか問題あると思う。
身体が性欲のあやつり人形になってしまっている。


こういうことは世間様でもよくあることなのだろうか?
確認を取ったこともないし、この先もそんなつもりは毛頭ないが、少し気になるところではある。
ボクの身体だけがバカでないことを願ってやまない今日この頃である。
ブログ迷走中である。
書きたいことはなるべく全て書ききるようにしているので、消化不良的な悩みはないのだが、なんかコレでいいのか?みたいな漠然とした疑問を抱えている。
もっと笑い所の多い仕上がりにしたいと思っているのだが、筆を進めていくにつれてどんどん真面目に語ってしまう自分がいる。
う~ん、どうしたらいいもんかねぇ。
まるでバラエティー番組での本木大介のポジションぐらい迷走している。

そこで一つ打開策として、なるべく普段の自分に近付けるために一人称を「私」から「ボク」に変えてみようと思う。
プロフィールにもある通り、現在23歳(性別:男)である。
何も無理に背伸びして「私」なんて使わなくてもいいか、と。
普段「私」なんて言ったことねーし。
なのでこれからは「ボク」でいきます!!
ラブホテルが好きだ。
とはいえ、施設やアミューズメントとしてのそれではなく、存在そのものが好きと言った方がいいだろうか。
だから若いアーパーな女が関西Walkerの特集やなんかを見ながらのたまうラブホ好きとは似て非なるものである。

ラブホテルが好きな理由は幾つかある。
しかし拘りらしい拘りはさほどない。
強いて言うならシティーホテル然としたラブホテルは何かスカしてて嫌かなぁってぐらいである。
それでも別にいいっちゃいいのだ。
先にも述べた通り、存在そのものが愛しいのであって、存在すること以外に求めることなど何もないのだ。


そして肝心な好きである理由なのだが、1つ目はラブホテルにはセックスすること以外に目的が存在しないことだ。
この潔さ、そしてくだらなさは堪らんものがある。
素性も何も知らん奴等の性行為のために、やれ施工主だ、やれ建築技師だのと大の大人が寄り集まってバカみたいに一つのチープな城を作り上げる。
このバカバカしさはビジネスという大義名分があるからギリギリ成り立っているものの、それが取り払われてしまえばただの錯乱である。
何かとキッチリしたがる世の中で、こういうバカバカしいことに力を注ぐ人間がまだ残っていることは喜ばしいことだと思う。


そして2つ目の理由はネーミングセンスの無さである。
もうホントにどんな教育受けてきたんだと思わざるを得ない程にゲスで低俗な名前を付けてしまうでしょ。
例えば
「エンペラー」…泥酔して深夜3時ぐらいにヤケクソで決めた感じが嫌だ

「べんきょう部屋」…一捻りしてるところが憎たらしい

「子犬のベッド」…ワンちゃんの可愛さが全てオジャンになるゲスさ

「マドリードの街に」…西洋の感じで誤魔化しきれたと思うな!

と、まぁこんな感じで直球でもただ単にゲスだし、ゲスな感じを隠そうとしても寧ろ胡散臭さが漂うという、言葉を選ばず言えば病原菌みたいなもんですよ。
ネーミングセンスの無さというよりも、もうラブホテルである時点でどうしても拭いきれないゲスさがあるのだろうか。
そんな八方塞がりなところもすごく愛しい。


んで3つ目はその建物の異質さだ。
夜、山道なんかを車で走っていたら、道路の脇から急にヌッとその古城は姿を現す。
作った人間のセンス(と頭)を疑うようなド派手なネオンと正気の沙汰とは思えぬ城の名称。
そんなイカレた古城が山道にポツンと建っているだなんて、「おいどんのフリスクにマジックマッシュルームを混ぜた奴は誰だ!出て来い!さもなくばどうな…ギャアー、光が眩しい!!!焼け死んでしまうぅぅぅ」的なトリップをしてしまったのかと錯覚してもおかしくないぐらい異様で、何とも言えない空間を創り出している。
逆に言えばシャブなんて打たなくても、ラブホテルを見るだけでトリップ出来るのだ。
シラフでトべるお金のかからない娯楽、それがラブホテルだ。

ラブホテル一つでここまで話が飛躍すると、ホントにコイツ打っちゃってんじゃないのかと疑われそうだが、思っちゃったものはしょうがない。
私だってこんなことになろうとは、書き始めた時には思いもしなかったっつーの。


話を戻して最後、4つ目はラブホテルには夜しか輝けない儚さがあるからだ。
あの安物のド派手なネオンも、まさに今からハメまんねんってなカップルの目にはロマンチックに映ることもあるだろう。
仕事帰りに一人寂しく深夜に車中から見るあのネオンは忌々しいことこの上なかろう。
夜のラブホテルの周りには様々な人の様々な思いが渦巻く。
幸福、快楽、絶望、羨望、怒りなど、それはそれは様々な思いが飛び交っているに違いない。

しかしどうだろう、夜が明けると途端にラブホテルからはオーラが消える。
周囲の人間もただの景色の一つとしてしか捉えていない。
そんな気がしないだろうか?
夜という一種特別な空気感の中で、あのネオンに照らされた古城は(下品な)オーラを纏い、輝きを放つ。
"夜"と"ネオン"による化学反応によってしか輝くことが出来ないとはなんて儚いのか。
こんな数奇な運命を辿るラブホテルを愛さないはずがないでしょうよ。

以上4つの理由から私はラブホテルが好きなのだ。
文中、罵倒とも思えるほどクソミソに言わせていただいた箇所もあるが、すべては愛情の裏返しである。
実際、私はゲスなものが大好きだ。


最後にホンッットにどーでもいいことだが、私は晩年、日本全国津々浦々のラブホテルの外観を写真に収めていくだけの旅(ラブホテル版 伊能忠敬)をして人生を終えたいと密かに考えている。