今年もな~んの進展もないまま、ただただ漫然と時間だけが垂れ流されて、こんな人生ならカラーヒヨコ売ってる露店商のジジイの方がいくらか有意義な人生なんじゃないだろうかという底辺の意識すら脳裏を掠めるぐらい、くっだらねぇ1年でした、ボクは。
皆さんはどんな1年だったでしょうか?
「今年は前進の1年でした」な~んてことをほざいちゃう恥知らずがもしもいたならば、ソイツのさぞや充実したであろう1年を手の平サイズに丸めて、ソフトボールの下手投げの要領で痰壺かドブの中に放り込んでやりたいような、ちょっぴりバイオレンスな心持ちになってしまうこと請け合いでしょう(ボクだけか)。

え~そんなことはどーでもいいとして、今回は年の瀬にぴったりな毒舌でもって、クソみたいな1年に幕を下ろしたいと思います。
何故だか今月はムカムカすることが多くてですねぇ、色々とフラストレーションを溜め込んでしまいました。
そこで、ストレス発散の意味を込めまして、ここで発表させていただきます。


まず1つ目は「オモロない奴の咳払い程、この世で無意味なものは無い!」です。
なんのこっちゃいって思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があるんです。
咳払いとは本来、喉の違和感や異物感を取り払う為に行う、人為的な咳のことです。
一般的には喋っている最中に言葉に詰まった時や、痰が絡む時に咳払いする姿というのをよく見掛けます。
てことはですよ、咳払いというのは次に発する言葉をより明確・明瞭に相手の耳に届ける為の喉の整備ってことになります。
じゃあ"オモロない奴の咳払い"というのは、次に発するであろう、オモロないという周囲の予想を絶対に裏切ることのない言葉を、明確・明瞭に相手の耳に届ける為に存在するということになる。
いや~、クソくらえですわ、そんなもん。
しかもオモロない奴に限って5.1chサラウンドの臨場感かというぐらい無駄に主張するような音声で喋りよるからねぇ。
どうしたもんかねぇ。
まぁ死んでくれたら有難いかな。

2つ目は「三菱東京UFJ銀行の御都合主義めがっ!」です。
もうねぇ、フツーに腹立つんですけど、金を引き出す時にはカードが必要なのに、金を預けるときにはカード必要じゃないんですよ。
これって銀行側に金が増える分には問題ないからってことやろ?
単純に引き出しの時はカードと暗証番号が必要なんは理解できるわ。
そら他人が引き出しやすくなるのはアカンからな。
じゃあ預ける時のセキュリティーも嘘でもええから強化せぇよ!
なんか預ける時は「どーぞどーぞ。お預けください。あっしらみたいなゲスに恵んでいただき、ありがとうございます」って揉み手で近付いて来るくせに、いざ引き出すとなると「カードが無い奴は帰れ!どうせあっしらはゲスでやんす」と唾を吐きかけられているようでムカムカするねん!
もうちょっと人の気持ち考えよ。

で、3つ目は「メシ連れて行って奢ったのに"ありがとうございました"と言わない女や後輩のことを後からゴチャゴチャ陰口言ってる奴はしょーもない」です。
そんなことを後からゴチャゴチャ陰口言うぐらいなら、その場で「ありがとうは?」って言ってあげれば済む話やん。
そら若かったり、アホやったりしたらマナーとか知らん奴もいてるでしょうよ。
じゃあお前が教えたったらええやん。
それでも次も言わんかったらキレたらええねん。
陰口言ってる奴に限って威張っていいぐらいの金出してないねん。
そんな奴は初めから奢るとかするな!


あぁっ、108つ用意してたのに時間がない…。
昨日、電車で目撃したばかりのキ×ガイの話とかあったのに。
まぁ又の機会に。
では今年はさよなら。
1年程前の話になるが、朝起きて風呂に入ろうと思い風呂場へ行くと、そこそこの大きさのゴキブリが排水溝の辺りでうろちょろしていた。
勿論そんなに頻繁に家でゴキブリなんて見掛けないので、朝っぱらから気分悪いな~と思いながらシャワーで退治した。

その後、仕事に行く為の支度を終えて家を出ると、ガレージにもゴキブリが一匹這い回っていた。
立て続けに何やねんと思いながら、蹴って外のドブの中に落とした。

そして職場に着いて、まだ出社時刻までだいぶ余裕があったので、ビルの外にある喫煙スペースでボケェーッとタバコを喫っていた。
その喫煙スペースにはボクの他に2人の男女が居合わせていた。
その2人は職場の同僚ではなく、ボクが勤めている会社と同じビルに入っている違う会社の人だった。
何やら2人で楽しげに喋っていたが、気にも留めずボケェーッとしていた。
すると急に女の方がキャッ!と声を上げた。
チラッとそちらを確認したが、何故そんな声を出したのかまるで原因が分からなかったので、「ま~たメスの自分アピールか。クソ朝っぱらから戯れ合うなド畜生が!」と、勝手に原因を自分の中で決め付けて、また何事も無かったようにボケェーッとタバコを喫い続けた。
それから少しすると、不意にボクの首筋をガサガサと何かが通過したような感覚が…。
何や!?と思い、慌てて首筋に手を当てて確認するも、特に変わったところはないな…っと思いきや、長袖の袖口付近に風呂で見たのと同サイズぐらいのゴキブリが…。
一瞬、体が凍り付いたが、その間に奴はボクの肩の方へ登ってきたので、頭の中では「このままでは顔面にゴキブリが…」とか「このアマが騒いでたのはコレのことかよ!」とか、様々な思考をコンマ何秒かの間に駆け巡らせながら、前に居る2人にゴキブリにたかられたバカという烙印を押されたくない気持ちと、単純に恥ずかしいから悟られたくないという気持ちから、0.001ヘルツの声も発さずに、腕を引き千切れんばかりに振り回してゴキブリを床に叩き付けた。
その後、清掃会社のババアが「いやぁ~、ゴキブリやんか」とか何とか言いながら躊躇無く踏み殺していた。


この話、伝えたいメッセージが3つある。
まず1つ目は「都会には君らが思ってる以上にゴキブリが存在してるよ」ってこと。
ホントに夏場の夜道なんかは気を抜いてると、ウジャウジャいますよ。
黒いコンクリートの地面なんかは夜だと特に同化して見えにくいですが、ゴキブリだらけですから。

そして2つ目は「1日中何をしてもうまくいかない、運命の歯車が噛み合わず、空回りするような日ってあるよね」ってこと。

最後の3つ目は「まぁそういう不運な日はあるにしても、いくらなんでもダサ過ぎやしませんか?」ってこと。
これはねぇ~、由々しき問題です。
ボクのように小中高とモテないし、スポーツも出来ない、かといって勉強もそんなに出来たわけではない、みたいな奴には何だか分からないけども、得体の知れない災いが付き纏うようになっとるんですわ。
ツレと下校中、自分だけウンコ踏んだり、校庭で遊んでいたら全然カンケーないところから飛んできたサッカーボールが顔面に直撃したりね。
まぁスポーツが出来ないが故の反射神経の欠落というのも一因なんでしょうが、それにしても己に降り掛かるしょーもない災いが多すぎる!
ホントにしょーもないやつばっか。
ダサい結果しか招かない、誰からも同情されないようなやつね。

まぁでも、とはいえ最近は学生時代に比べると、そういうことからも縁遠くなっていたんですよ。
まぁだから自分自身、ちょっと傲ってたのかな?
そんな思い上がったボクの姿を見た、世に言うところの神様的な奴が、調子に乗るな!とゴキブリを放ったんでしょうな。
もう一体こんなんいつまで続くんでしょうか?
ええ加減キツいっすわ。
んで、それはさておきゴキブリを放つ神って何?
ここ数年、動物園へ年に2回ぐらいのペースで行っている。
まぁ大した頻度ではないのだけれど、行きたいな~という衝動が自分の中に存在するのは確かである。
じゃあボクは動物園が好きなのかと考えた時、素直な気持ちでイエスと答えることが出来ない自分がいる。
ならば何故行くのか?
それは確認作業をする為だと思う。
動物というものは本来、人間にとって驚異でしかなく、まかり間違ってもカワイイもんなんかじゃないということを。


ボクは昔っからゾウやキリンやカバやゴリラなどの、動物園で飼育されているような動物達に対してカワイイというような感情を持ったことがない。
それよりも寧ろ恐いだとかグロテスクだとか気持ち悪いとかいう感情の方が先に来る。
どの動物も共通して毛の生えている場所や毛並みが気持ち悪いし、歯も剥き出したりなんかするととんでもなく恐い。
あともう堪らんぐらい臭っさいしね。
キリンなんて動物園の中で見ているから「わぁ~大きいね~」などと呑気なことを言っていられるが、アレが駅前でウロチョロしてたら命の危険すら感じるぐらいのバカデカさですよ。
まぁ挙げるとキリがないですけど、フラミンゴの足の細さも気持ち悪いし(折ったら変な汁とか出てきそう)、ヒツジの鳴き声も不気味だし(本当の鳴き声は全然メェ~なんて言ってないからね)、ラッコも全身ヌメヌメしてて気持ち悪い(屈強な九州男児の性器を想起させる)。

でね、何でボクはこんな風にしか動物達を見られなくなったのか考えてみたんですが、原因はやっぱり天王寺動物園にあると思います。
天王寺動物園とは大阪で育った人間なら誰もが必ず一回は訪れたことがあるであろう超有名動物園である。
ん~もうね、あそこはホントに一言では何と形容すればいいのか分からないですけども、凄いところですよ。
まず場所がね、西成っていう、子供が行くと言い出したらどつき回してでも行くのをやめさせるべき地域(ソープ街とか日雇い労働者の溜まり場などがある)の周辺に位置しているんです。
大阪の人間は最早当たり前のことのように思っていますが、他府県の人にしてみれば結構ショッキングなんじゃないかと。
そんなところに小学生や中学生が校外学習と称して足を運ぶわけですからね。
何ちゅう教育しとんねんと思われる識者の方々もおられることでしょう。
動物達も「えらいとこ連れてこられたもんやで~」って事あるごとに言うとるはずですわ。

そして肝心の動物達はと言えば、こちらもまた周りの環境による影響なのか、一様に元気がない感じなんですよ。
しんどそうっていうよりかはサービス精神がないって感じなんですけども。
まぁ~ダラダラしてること。
平気で客にアナル見せて寝とりますからね。
「お客さんにケツを向けるな!」というのは舞台に於いて基本中の基本ですが、ケツ飛び越えてアナル見せられた日にゃ客も面食らいますよ。
人間が見てるとかカンケーないんじゃボケ!とでも言いたげな振る舞いで、ある意味こちらの方が本来の動物のあるべき姿かもしれません。
天王寺動物園に行ってからだと、白浜のアドベンチャーワールドの動物なんかはサービス精神が過剰だとすら感じます。
まぁサービス精神の話からは少し離れますが、ボクのツレは小学校の校外学習で天王寺動物園に行った際、ゴリラがゲロ吐いてグッタリと寝転がってる姿を見てしまい、空恐ろしい気分に陥ったと言います。
こんなことアドベンチャーワールドでは有り得ないことですから(多分)。


そんなこんなで少年期に天王寺動物園の洗礼を受け、カワイイ動物達のキャラクターグッズなんてものは、デフォルメされまくったまやかし以外の何物でもないとまで考えるようになってしまったボク(人間の動物に対する恐怖心や警戒心を忘れさせる為の"洗脳"という、ライトな都市伝説的陰謀論すら想像してしまう)。
最近では、反旗を翻した動物達が、全国の動物園から一斉に逃げ出して、町へ繰り出したらどうしようなんてことにまでボクの空想は及んでしまっている。
シャバの空気にテンションが上がった動物達の破壊に次ぐ破壊。
それを人間達はピストルやマシンガンのような文明の利器で迎え撃つことは可能なのか?みたいなね。
しかもそこから更に空想は発展し、ボクみたいな痩せ型の男なんかは真っ先にゴリラにレイプされる対象になると思い込んでますから、ボクは。
だから気を抜くことなく、万が一の可能性に備えてボクは本能の赴くまま、動物園へ敵の様子を窺いに行っているように思う。


あと、カンケーないんですけど、幼少期にどこだったか忘れましたが、人間の進化図(猿人→チンパンジー→ヒトみたいに徐々に二足歩行になっていくやつ)が描かれたバカデカイ看板が、それこそチンパンジーとかのいる檻の前にバーンと立っている動物園に行ったことがありまして、何かねぇそれを見た瞬間、体中がムズムズしてきて絶叫したい衝動に駆られた記憶があるんです。
まぁ説得力は無いですが、"野生の血が騒ぐ"って感覚…ですかねぇ。
アレは一体何だったんでしょうか?


P.S.書いてて気付いたんですが、動物の名称って漢字で書くと、途端に恐くなりませんか?
キリン→麒麟
ゾウ→象
カバ→河馬
ヒツジ→羊
ほら、分かりますかねぇ?