個人的な話になりますが、最近、映画鑑賞に熱を上げている。
まぁ専ら古い映画(邦画が中心)を漁って、家でDVDで鑑賞している感じなんですが。
映画館で観るのも勿論嫌いじゃないんですが、最近の映画は洋邦問わず、観たいという気にさせてくれるものが全然無かったので、映画館に足を運ぶことも無かったのですが、先日、久々に映画館で映画を観て来た。
作品は「ソーシャル・ネットワーク」。
「ファイトクラブ」や「セブン」で有名なデヴィッド・フィンチャー監督の作品でして、両作品とも大好きなので、結構期待して行きました。
結果から先に言うと映画自体の出来はフツーでした。
評論家が絶賛しているらしいんですが、ボクにはどこをどう評価しているのかイマイチ分からなかったです。
期待はしてたんですが、あまり前情報を入れ過ぎるのも良くないだろうと思い、あらすじとかも殆ど把握しないまま、万全の状態で映画に臨んだんですが、う~ん何だかな~って感じです。
まぁ退屈せずには観れたんですが、取り柄はそれだけって感じですね。
多分もう二度と観ることは無いでしょう。
ホントにフツー。
可も無く不可も無く、ですね。
というよりも、興味が湧くような題材じゃなかったと言った方が正しいか。
ストーリーはSNSサイトのFacebook創設者であるマーク・ザッカーバーグの半生を描いたノンフィクションに近い映画なんですが、まずボクは映画を観るまでFacebookがどんなものかすら知らなかったし(この時点で面白さは半減してるよね)、映画を観終えた今ですら大して興味が湧いていない。
で、何でこんなにも興味が湧かないのか考えてみたんですが、そんなものは簡単なことで、ネットをどうこうして(ひどく雑な表現だが)億万長者になった奴の半生みたいなもんは興味を持ったところで無意味なんです、ボクにとっては。
ボクがネットをどうこうして億万長者になることなんて、来世ですら絶っっっ対に有り得ないことだし、そんな奴の半生を描かれたとて、共感などするはずもなく、ほぇ~そうなんやぁ~とバカみたいにヨダレを垂らして観ることぐらいしか出来ないんです。
ボクは、そんな自分にとって非現実的な世界を見せられても1ミリも心躍らされることはないんです。
普段垣間見ることの出来ない世界を覗き見るという意味では確かに価値があるかもしれませんが、それは別に作品としての純粋な評価ではないでしょ?
そんなんやったら個人的にはスカトロ趣味のオッサンの日常とかの方が興味あるし。
これはもうボクの根底にあるものなんですが、「ソーシャル・ネットワーク」のマークのような自分とは似ても似つかない億万長者よりも、「タクシードライバー」のトラヴィスのようにどうしようもなく冴えない奴の方に惹かれるんです!
まぁ言ってしまえば、物凄く感情移入しやすい。
「十階のモスキート」での内田裕也演じる警官や、「わらの犬」でのダスティン・ホフマン演じるデイヴィット、そして古谷実のマンガの登場人物など、どうしようもない奴らが抱え込んだ不平や不満や不安やその他諸々が己の許容量を超え、狂気へと変わり爆発する様は正直言って他人事とは思えない。
ボクは彼らを見ると、いつか自分もこうなってしまうんじゃないだろうかと恐怖を感じ、胸がソワソワして、何だかやるせない気分で泣きそうになってしまう。
一体いつまでこんな感情を捨てきれずに生きていくのかは分からないけれども、不思議なことに、これでも何となく幸せだと思ったりもするねんなぁ。
やっぱりボクは「ソーシャル・ネットワーク」を観終えた後の劇場のトイレで、訳知り顔で「主人公の生き方には綺麗事がなくて共感出来るわ~」とほざいていたアイツのようにはなりたくないと強く思ったし。
な~んか陰気で自己陶酔的な文章になっちゃったけども、人間そーゆー気分の時だってあるんじゃボケッ!!
まぁ専ら古い映画(邦画が中心)を漁って、家でDVDで鑑賞している感じなんですが。
映画館で観るのも勿論嫌いじゃないんですが、最近の映画は洋邦問わず、観たいという気にさせてくれるものが全然無かったので、映画館に足を運ぶことも無かったのですが、先日、久々に映画館で映画を観て来た。
作品は「ソーシャル・ネットワーク」。
「ファイトクラブ」や「セブン」で有名なデヴィッド・フィンチャー監督の作品でして、両作品とも大好きなので、結構期待して行きました。
結果から先に言うと映画自体の出来はフツーでした。
評論家が絶賛しているらしいんですが、ボクにはどこをどう評価しているのかイマイチ分からなかったです。
期待はしてたんですが、あまり前情報を入れ過ぎるのも良くないだろうと思い、あらすじとかも殆ど把握しないまま、万全の状態で映画に臨んだんですが、う~ん何だかな~って感じです。
まぁ退屈せずには観れたんですが、取り柄はそれだけって感じですね。
多分もう二度と観ることは無いでしょう。
ホントにフツー。
可も無く不可も無く、ですね。
というよりも、興味が湧くような題材じゃなかったと言った方が正しいか。
ストーリーはSNSサイトのFacebook創設者であるマーク・ザッカーバーグの半生を描いたノンフィクションに近い映画なんですが、まずボクは映画を観るまでFacebookがどんなものかすら知らなかったし(この時点で面白さは半減してるよね)、映画を観終えた今ですら大して興味が湧いていない。
で、何でこんなにも興味が湧かないのか考えてみたんですが、そんなものは簡単なことで、ネットをどうこうして(ひどく雑な表現だが)億万長者になった奴の半生みたいなもんは興味を持ったところで無意味なんです、ボクにとっては。
ボクがネットをどうこうして億万長者になることなんて、来世ですら絶っっっ対に有り得ないことだし、そんな奴の半生を描かれたとて、共感などするはずもなく、ほぇ~そうなんやぁ~とバカみたいにヨダレを垂らして観ることぐらいしか出来ないんです。
ボクは、そんな自分にとって非現実的な世界を見せられても1ミリも心躍らされることはないんです。
普段垣間見ることの出来ない世界を覗き見るという意味では確かに価値があるかもしれませんが、それは別に作品としての純粋な評価ではないでしょ?
そんなんやったら個人的にはスカトロ趣味のオッサンの日常とかの方が興味あるし。
これはもうボクの根底にあるものなんですが、「ソーシャル・ネットワーク」のマークのような自分とは似ても似つかない億万長者よりも、「タクシードライバー」のトラヴィスのようにどうしようもなく冴えない奴の方に惹かれるんです!
まぁ言ってしまえば、物凄く感情移入しやすい。
「十階のモスキート」での内田裕也演じる警官や、「わらの犬」でのダスティン・ホフマン演じるデイヴィット、そして古谷実のマンガの登場人物など、どうしようもない奴らが抱え込んだ不平や不満や不安やその他諸々が己の許容量を超え、狂気へと変わり爆発する様は正直言って他人事とは思えない。
ボクは彼らを見ると、いつか自分もこうなってしまうんじゃないだろうかと恐怖を感じ、胸がソワソワして、何だかやるせない気分で泣きそうになってしまう。
一体いつまでこんな感情を捨てきれずに生きていくのかは分からないけれども、不思議なことに、これでも何となく幸せだと思ったりもするねんなぁ。
やっぱりボクは「ソーシャル・ネットワーク」を観終えた後の劇場のトイレで、訳知り顔で「主人公の生き方には綺麗事がなくて共感出来るわ~」とほざいていたアイツのようにはなりたくないと強く思ったし。
な~んか陰気で自己陶酔的な文章になっちゃったけども、人間そーゆー気分の時だってあるんじゃボケッ!!