近頃、自分で自分が嫌になるぐらいクソッタレな体質になっている。
どういうことかと言うと、要するに感動体質になっているってことなんです。
そこかしこで感動を欲し、いつだって感動を受け止められるよう、籠を構えてる状態ですわ。
もうねぇ、こんな24歳はクソですよ。
老成したジジイババアならまだしも、20代のガキがこんなことになってどうするんだと。

ついこの間も仕事中にゴミを捨てに外に出たら、ちょうど夕方頃でいい感じの空の色だったんですよ。
で、普段その時間帯に外に居ることが少ないもんですから、ビルとビルの間から覗くその空の色に見とれて、ええもんやなぁ~と思っていたわけです。
そしたら何処からともなく焼き鳥屋のような香ばしい香りが一瞬辺りを包んだんです。
そうなったらもうアウト。
中学時代の塾へ向かう道中にくぐり抜ける繁華街の映像がフラッシュバックしてきて、胸の奥がギュッとなって、目と鼻の間がツーンとしてきて泣きそうになる。
もう気持ちが悪いわ。
中学時代の塾へ向かう道の何が悲しいのか?
箸にも棒にもかからんようなしょーもない記憶を何くそ大事に抱え込んどるのかと今になって思う。


その他にもつい先日、もの凄く久し振りに昔の写真が入っているアルバムを見返す機会があり、ページを捲っていると昔の自分の容姿ってこんなんやったっけなぁと記憶力の曖昧さに気付かされたり、小学生時代のクラス写真を見ても、最早殆どの子達の名前が思い出せないという事実に驚愕したり、数十年前の父親、母親、妹の容姿を見たりして、それら諸々の要素が重なり、胸ギュッ・目鼻間ツーンですよ。
そうなったらもう写真を直視出来ない。
何か分からんけど、昔の写真の現像技術や写真自体の質の悪さを見ただけでちょっとジーンとしてきたしね。
感じ過ぎというか、過剰やね。
冷静になれば何にも悲しいことないねん、そんなもんは。


あと香水キツめの女が横を通った時の残り香が、何処かで嗅いだことがあるような香りで、昔の彼女だったか、幼稚園の先生だったかなんてことを反芻しているうちにジーンですよ。
これは酷い。
実体がないからねぇ。
何にジーンとしてるのか分からないって最早オカルトです。


あとねぇ~これは最悪なんですけど、YouTubeとかで泣ける動画みたいなものを探したりするんですよ。
赤塚不二夫が亡くなった時のタモリの弔辞とかね。
やってることがゲス。
しかも何回も見とるからね。
偶然ならまだしも自分から探しにいくという行為は最低やね。


で、色々書いてきたんですけど、結局どうしたいのかと言うと、やっぱり魂燃やさんとアカンなと。
若いうちから感動体質な奴なんてのは精神性がインポなんですよ。
魂燃やして生きてる人間にはノスタルジックな気分に浸れる余裕なんて無いんです。

前回も書きましたが、やっぱり強靭であらねばと最近強く思います。
こんなことではイカン。
今のボクは殆ど腑抜けのクソ虫ですわ。
20歳の頃のあのギラギラした精神を取り戻せるよう、これから本気(←マジって読んでみようか)で魂燃やして生きよう、なんてことを考えたりしている。
暗~い話になって申し訳ないんですが、ボクは半年に1回ぐらいの頻度で四六時中、死にたいなぁ死にたいなぁとばっかり考えてしまうビョーキ(敢えてカタカナ)を抱えています(完全なる自己分析ですが)。
いつからこんな厄介なビョーキが発症してしまったのか今となってははっきりとは思い出せないですが、多分5~6年ぐらい前からでしょうか。
これがまた何かきっかけがあってそうなるんではなくて、昨日まで全く問題なかったのに、ある日急に死にたいスイッチオ~~ンてな具合になるから堪らない。
前兆がないから対処の仕様がないのだ。

で、今ボクそのスイッチオンの真っ最中です。
もうここ1週間きっついきっつい。
仕事中も本読んでる時も関係なく四六時中、得体の知れない不安な気持ちの塊みたいなものが心の中に渦巻いて、どんよりした気分になり、果ては死にたい、最悪の時は殺したろか(何をかは分からない)みたいな感情が湧き出てくる。
こうして冷静に書き出してみるとワケ分からんもんに踊らされてアホちゃうかぐらいにしか思えないが、実際は深刻である。

しかし、そんなダークな気分を一時忘れられる処方箋をボクは知っている。
お笑い。
もうコレに尽きる。
テレビのお笑い番組を見てる時、ラジオを聴いている時だけは完っっ全にそんなダークな気分は消し飛ぶ。
オモロイもんは何時如何なる時でもオモロイから。
人間はどんな時だって笑えるのだ。
今までだってそうだったし、これからもきっとそうだと思う。
あとオナニーね(何か急にライトな感じになるけども)。
ただオナニーは終わった後、更に症状が酷くなる場合があるから気を付けないといけないが。


ボクは他人に比べてかなり孤独に対して強い方の人間だと思っているのだが、まだまだですな。
もっと強靭であらねば。
ま、何はともあれ世の中、お笑いとマ×コが存在する限り、人間は"絶望"なんて言葉とは無縁ですわ。
先日見た夢の話をさせていただく。
どーでもいいような話ですが、お付き合いいただけると幸いです。

その夢はボクが誰かと会話をしている("誰か"はボンヤリしていて思い出せない)。
で、何かの拍子でちょっとした議論が始まる。
議題は「"大人"という存在から最もかけ離れた言葉とは何か?」というもの。
ボクらはあーだこーだと意見を交わし、最終的にボクが導き出した答えは「お小遣い」。
そこからボクはその"誰か"に対して一気に捲し立てるようにしてこう言った。

「"大人"という存在から最もかけ離れた言葉は"お小遣い"だと思う。しかし、昨今の既婚男性は嫁に財布の紐を握られている為、"お小遣い"を嫁から少しでも多く与えてもらおうと必死に頭を下げたりする。これは"大人"が幼児化しているという事実に他ならない!」


夢から醒めた時にハッとした。
そんなこと今まで1ミリも考えたこと無かったのに、夢の中でそれを考えるってスゲェなぁと。
しかもそれなりに(ホントにそれなりだが)いいこと言ってるし。
それにしてもボクって人間は夢の中ですらメンドクセー奴なんですな。