善意って難しい | わたしを癒す暮らし

わたしを癒す暮らし

色々ありすぎた時代を終え、今は「自分を整えながら暮らす練習中」の60代です。
くすっと笑える日常と、小さな安心を。

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人生でいちばん難しいものって、
もしかしたら「良かれと思って」なのかもしれません。

若い頃は、親切にすれば、

きっと伝わる。
きっと喜んでもらえる。
そんなふうに思っていました。

ところが。


どうやらそう簡単な話ではないらしい。

「疲れているだろうから、連絡しないでおこう」
そう思って連絡しなかったら、
「なんで連絡くれなかったの?」
となる。

「忙しそうだから、今回は誘わないでおこう」
と思ったら、
「仲間外れにされたような気がした」
となる。

「負担をかけたくないから、黙っておこう」
と思ったら、
「信用されていない気がする」

・・・



どうしたらいいのーーーー!!??

連絡する?
しない?

誘う?
誘わない?

言う?
言わない?

人生、選択肢が多すぎます。
しかも、正解は相手によって違う。



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最近になって、ようやく少しわかってきたことがあります。
人は同じ出来事を見ても、
それぞれ自分の頭の中で「物語」を作っているんですよね。


こちらは「心配させたくなかった」だけなのに、
相手の物語の中では
「冷たくされた」になっていることがある。

こちらは、「ちょっと気になっただけ」
と言ったつもりでも、相手の頭の中では
その一言が一週間くらい再生され続けていることもある。

……人間って、繊細です。

そして、
ちょっと面倒くさい(笑)。

もちろん、私だって同じです。

誰かの何気ない一言を勝手に深読みして、
ひとりでモヤモヤしたこともあります。
「あれ、どういう意味だったんだろう」
と考え始めて、
「いや、でも、もしかしたら……」
と、ひとり反省会を開催。

出演者、私ひとり。

観客も私。

そして結論は出ない。

そんなことも、まあまああります。

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だから最近は、
「ちゃんと伝わらなかったらどうしよう」
と考えすぎないようにしています。

伝わらないこともある。

誤解されることもある。

相手の受け取り方まで、

私が全部コントロールすることはできない。

これは、少し寂しいけれど、
同時にちょっとラクでもあります。

善意は万能じゃない。

だからといって、

「どうせ伝わらないなら、もう何もしない」

となってしまうのも、なんだか違う。

そんなことを続けていたら、
心まで節約生活になってしまいそうです。

だから私は、

空振りしてもいいから、
ときどきバットを振ろうと思います。

たとえ、

「いや、それじゃないんだけど」

と言われても。

「あ、そっちだったか」

と笑って、また次を考える。

そのくらいでいいのかもしれません。

60代。

人生の答え合わせをするには、
まだ少し早い。

というより……

ここまで生きてきて、
いまだに人間関係の正解がわからないのだから、

たぶん一生、答案用紙は返ってこないのでしょう。

だったらもう、

赤ペン先生を待つのはやめて、
自分なりの答えで生きていこう。

たまに間違えて、
たまに空振りして。

そしてできれば、

「まあ、そんな日もあるよね」

と笑える60代でいたいと思います。