ことばの物語
故事のある言葉
仏教からの言葉
〖多々益弁ず〗
たたますますべんず
<漢の高祖(劉邦)が大将軍の韓信に「余はどれほ
どの兵数の軍の将軍になれるか」と聞くと、韓信は
「十万の兵くらでしょう」と答えます。
「それではお前はどれくらいだ」と高祖が聞くと「多多
益す弁ず」と答えました。「それならなぜ余の下にい
るのか」と聞くと「私は兵の上に立つことはできるが、
陛下は将の上に立つことができます」と韓信は応え
ました。>
※「弁ず」は「処理する」と言う意。
ここまでは良かったのですが、君主たる者の内心は
猜疑心が強く、いつ自分の命が狙われるか戦々恐々
としているものであります。高祖はこれを聞いて、韓信
を恐れ、ついに謀殺してしまいます。
「韓信」には「韓信の股くぐり」という逸話があります。
韓信は若い頃、ごろつきにケンカを売られ、相手の股
をくぐることを強いられます。韓信にとってはいとも簡
単に撃退でき相手でありましたが、大志を抱く韓信は
くだらないことを避け、相手の言うとおりに股をくぐりま
した。
これは、大志ある者は目の前の些細な恥は忍ぶべき
と言う戒めとして使われます。
家康の家訓の一つ「堪忍は無事長久の基、怒りは
敵と思え」も、この教訓に通じるものであるようですね。
<仏教語>
〖愛〗あい
仏教は慈悲の宗教、キリスト教は愛の宗教と言わ
れますが、キリストの愛はむしろ仏教の「慈悲」に近
いものであります。
仏教の慈悲は、観音(大乗)の悲願いてあります。
「慈」は「喜びを与えること」、「悲」は「苦しみを除く
こと」と解釈されます。
「愛」は仏教では、避けるべきものとされます。
仏教の愛の解釈は、現代の心理学の捉え方に
先行しています。
・愛は本質的に自己愛に基づいている。
・愛は愛する対象に執着する。
(病的執着を「渇愛」と呼び、煩悩の極に
あります。
ストーカはまさしくこれでありますね。)
・愛は憎しみと背中合わせであります。
(可愛さ余って憎さ百倍ですね。)
キリスト教伝来の頃、この仏教的愛を避けるためか
どうかはわかりませんが「ご大切(愛)」と言ったと、
ある本にありました。
(下積みの庶民の素朴な訳語のように感じますね。)
<漢字の勉強>
弁ーわける・わきまえる・さばく・ベン
元の字は「辨」。
「辛(入れ墨の針)の間にリ=刀(刃物)」で、裁判に
当たって原告と被告が争うことで、双方の主張をはっ
きりさせて(分明)、訴訟を裁くことを表しています。
※「弁」そのものの字は「かんむりの象形」ですが、
さらに次の字の略字となっています。
「辯」・・・「辛の間に言」で、言葉で事の道理を分
け、明らかにする。→弁明・弁解
「瓣」・・・「辛の間に瓜」で、刃物で瓜を分けること
から中の種のことを表します。→花弁
益ーます・エキ・ヤク
「皿に物を大きく盛り上げた形」で、ます、あふれるの
意味を表します。
(別説)
①「皿の上に水があふれる形」で「溢」の原字で、もう
け、ゆたかの意味。
②「二股に分かれた糸の端の部分をくくりにした形」で
「縊(くび)る」の原字。
今日一日幸運でありますように!
勉強の主な参考書
漢字源(学研) 漢語林(大修館書店)
新大字典(講談社)
字訓:白川静著(平凡社) 漢辞海(三省堂)
講談社現代新書ー漢字の字源・漢字の知恵
漢字の用法ー角川小事典(武部良明著)
動物シンボル事典ー大修館書店/ジャン=ポール・クレベール
英米故事伝こ説辞典ー冨山書房
中国の故事と名言500選 (平凡社/駒田信二・常石茂編)
新明解「四字熟語辞典」 三省堂
新明解「語源辞典」(三省堂) ことわざ辞典(gakken)
新明解「故事ことわざ辞典」 三省堂
新明解「類語辞典」(三省堂)
成語林(obunsha)
暮らしのなかの仏教語小辞典(ちくま学芸文庫)
新・仏教辞典(誠信書房)
哲学用語入門(大和書房/高間直道著)
哲学辞典(平凡社)
漢字の用法(武部良明著/角川小辞典2)
仏教語源散策(中村元編/角川ソフィア文庫)
落語ことば辞典(榎本滋民著・京須偕充編)
中国史で読み解く故事成語/阿部幸信著 山川出版)
漢字の語源図鑑(平山三男著/かんき出版)
動物の漢字語源辞典(加納喜光著/東京堂出版)
植物の漢字語源辞典(加納喜光著/東京堂出版)
古典語典「東洋」(渡辺紳一郎著/講談社)
中国名言物語(奥野信太郎編/河出書房)
