精霊たちーはがき大ペン画 作品957 | ザーアートマンのブログ

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ペン画の展示。絵のサイズはハガキ大です。定年後書き溜めた絵画をできれば毎日一枚展示していきます。

 

ことばの物語

  ≪がー我・蛾・餓・峨

 

我思う故に我あり

近世哲学の祖デカルトは全てを疑った。

その疑っている自分は否定できなかった。

この命題について、色々と議論されて来たようで

すが、凡夫の私には考えるのが人であれば、考

えることを人生の楽しみとすればいいと確信する

のであります。つまりフィロソフィ<知を愛する

西周が訳した希哲学でありますね。

ここで、仏教の無我について簡単にではあり

ますが、調べてみました。

我はアートマンの訳語で、本来インドの諸哲学

   では実体的自我、永遠なる自己というべきも

   の、実際゛を説いた。

 これに対して釈迦は我でなてものを我と見ること

  を否定し、我という観念を取り除いた・・・。

  自我に対するとらわれを離れるという実践的目

   的として我を排除、否定したのが無我である。

        (暮らしのなかの仏教語小辞典/ちくま学芸文庫)

つまり、我という固定したものはないということの

ようです。

そう「我思う故に我あり」ですら、思いは変化するも

の、変化の中にあると思えば、我を苦とするか楽と

するか。おのれを楽しむ努力が肝心でありますね。

屁理屈を理屈にしてしまえであります。

 

の字の成り立ちは「刃がぎざぎざになった戈(ほ

こ)を画いたもの」で、昔自分のことを「ガ」と言った

ので我の音を借りて代名詞を表す仮借文字。

 

我武者羅(か゜むしゃら)

他のことは構わず夢中で行動すること。

「ガムシャ」は向こう見ずの振る舞いということで、

それに接尾語ラが付いたもので、漢字は全て
当て字。

 

我利我利亡者(がりがりもうじゃ)

自分の利益ばかりを追求して、情味のない人

浄美のない人。

ガリガリは難いものを噛む音で、亡者は成仏

できないでさまよっている人。是も漢字は当て字

ですが、それにしてはピッタリの当て字ですね。

 

我が子自慢は親の常

我が子の悪事は見えぬ

  いじめっ子の両親ですね。こんな子に限って、

    ではいい子ぶっています。けしからん餓鬼た

    ちだ。何か言ったりしたりするといちゃもん付

    けていじめる。町のチンピラ以下であります。

  さらに悪いことに、それに気づいていない。

 

ーガ

ぎざぎざの触角のあるガ。

ちなみに蝶は薄くて平らな羽虫という字。

蛾も蝶も分類上では昆虫網チョウ目またはガ目

とされ、明確な区別はないそうです。

おもしろいことに、小さな子供が蛾を蝶でといって

追いかけたりしますね。

 

蛾眉(がび)

細く長く曲がった美しい眉。または美人。

蛾の被に赴(おもむ)くが如し

蛾が火に身を投じて死ぬようなものである。

つまり、自分の身が滅ぶことも考えずに、利欲を

むさぼることを言います。

 

-うえる・うえ・ガ

字の成り立ちは、食べ物がなくなってやせ細り、

骨のギザギザが表れるうえの意味。

 

餓鬼(がき)

飢餓にあえぐ亡者。

仏教では六道の餓鬼道に住する者で、福徳の

ない者が陥り、常に飢えと渇きの苦しみに悩ま

されて、飲食を得てもこれを飲食しようとすると

火焔が発してそれができないという。

 

ーけわしい・ガ

字の成り立ちは、山頂がぎざぎさにかたどっ

た山という意味。

 

峨眉山

中国四川省にある山。

道教や仏教の普賢菩薩の聖地。

杜子春が仙人になるために教えを乞うたのが、

の仙人でありました。

 

今日一日幸運でありますように 

 

               誤字脱字ご容赦ください。

 

 

勉強の主な参考書

漢字源(学研) 漢語林(大修館書店) 成語林(Obunsha)

講談社現代新書ー漢字の字源・漢字の知恵

漢字の用法ー角川小事典(武部良明著)

動物シンボル事典ー大修館書店/ジャン=ポール・クレベール

英米故事伝こ説辞典ー冨山書房

中国の故事と名言500選 (平凡社/駒田信二・常石茂編 

新明解「四字熟語辞典」 三省堂

ことばの事典(講談社/日置昌一・日置英剛)

新明解語源辞典(三省堂) ことわざ辞典(Gakken)

字訓:白川静著(平凡社)

暮らしのなかの仏教語小辞典(ちくま学芸文庫)
教辞典(誠信書房)

暮らしのことば 語源辞典(講談社)