言葉の物語
<知ーチ・しる>
「知るは悩みの始め」と言うけれど、知るという経験が
生きることでもあるし、喜びでもあります。
「知は力なり」で、近代は生まれた。
「知らさず」で、封建社会は成り立っていた。
知りすぎることで悩みが生まれた。
解決できないことを知ろうとして、悩んだ。
生とか死とか。
「死ぬる時節は死ぬがよく候」と、良寛は言った。
生も死もあるがままに受け入れる。
考えなさるなと。
「生まれ子の次第次第に知恵つきて
仏に遠くなるぞ悲しき」
と梁塵秘抄は言う。
「知らぬが仏」そうかもと。
「ベガーナの神」は純真無垢であった。
それに人が知恵つけて、そそのかした。
「知」にはどうして「矢」がつくのかと調べてみました。
第一、第二の辞書
<「口=祈る言葉」に「矢」で、矢を添えていのり、神意
を知ることから。>
第三の辞書
<「口」に「矢」で、矢のようにまっすぐに物事の本質を
言い当てることを表す。>
この二つを見ると、神秘的な知と現実的な知とありそ
うですね。
重要なのは、物事の本質を掴むことが知という事です
ね。
知音(ちいん)
心をよく理解する親友のことですが、これは
中国は『列子』に出て来る話し。
<伯牙よく琴をひき、鐘子期よく聴く。
名人は共にその音を理解する者を求めるもので、
一言居士なんて無意味。
鐘子期が死んだとき、伯牙は琴の弦を絶って二度と琴
を弾くことはなかったと。(伯牙絶弦) >
知恵出でて大偽有り
利口になってくると悪知恵も出てくる。
知恵多ければ憤り多し
物の道理がわかってくると理想と現実のはざまに悩む。
これ、旧約聖書の伝道の書にある言葉と。
知恵は出し使い、金は儲け使い
どちらも出し惜しみはするなってこと。
知慮は禍福の門なり
人間はしなくていいことまで思いを巡らす。
余計なことは考えないことですぞ。
知行合一
知って行なわないのは真の知ではない。
王陽明の思想を表した言葉。
朱子学、陽明学は幕末の志士の啓蒙書。
知識
もとは仏教の悟りを開いた僧のこと。
高僧を善知識といいます。
なんか、格式高い言葉ですね。
知者は言わず(老子)
やたらとしゃべる者は何も知らない。
最終的に何を言いたかったのかになっちゃいますね。
知者は惑わず(論語)
道理に通じると惑うことなし。
知足
足るを知る。物だけでなく心もね。
億万長者になっても、これを知らないとつねに渇望の
中。
貧しくても、これを知れば満足の中。
ここまで生きてきた。このままで良し。
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
