言葉の物語 <赤の他人ーあかのたにん>
まったくの他人のことで、赤は強調。
なぜ「赤」なのか。気になり調べてみました。
<「赤」は「大」と「火」を組み合わせた形。
「大」は手足を広げて立った人を正面から見た形。
これに「火」を加えて、穢れを祓い清める儀礼。>
そうですね、「火」は赤い色であるとともに、
すべてを焼く尽くし、何もなくなる。
まさしく「まったく何もない」ですね。
あまり面白くありませんでしたね。
というところで他に何かないかと調べて見ましたら、
他に2説ありました。
<「赤の他人」ではなく「閼伽の他人」。
「閼伽」は仏さんに捧げる水のことを云います。
この水のように冷たく、縁もゆかりもないことから。>
「赤の他人」「閼伽の他人」、2つともPC一発変換で
出てきます!
もう一つは
<「明らか」「明白な」と言う意味で、「明=あか」の他人。>
これはPC変換にはありませんでした。
でも、やはり私は「赤の他人」の方が好きですね。
垢の他人?
他人事ではない。「男やもめに蛆がわく」って言うから、
気を付けねば、と余計なことを言ってしまいました。
赤子 赤ん坊。泣くと顔が赤くなるから。
それとも、なにもなく純真であることからかな。
赤心 まごころ。
真心とは、無心というこか。
赤身 はだか。赤い肌の人ではないですよ。
→ 赤裸々
赤貧 ひどく貧しいこと。
「赤貧洗うが如し」。
水で流したようにまったく何もない貧しさ。
赤手空拳 素手で相手に立ち向かうことで、他人の
援助を受けず独力で事に当たること。
赤心を推(お)して人の腹中に置く
自分が真心を持っていることから推察して、他人
にも真心をもっているとして他人を疑わない。
この覚悟を持って人と付き合う。だから親友と呼べる人
は少ないんですね。また、こういう相手こそが親友なんで
すね。
いくら友達が多いと誇っても、それは単なる暇つぶしの
相手では?
菩薩さんたち
虚空蔵菩薩
求聞持法の本尊様。
求聞持法と言えば、これを習得すると多大なる記憶力
を持つと言います。空海さんが若い頃、この修法を取得
して万巻の経典に通じるようになるんですね。
正式には<虚空菩薩求聞持法>というそうです。
虚空は宇宙の果てまで広がる広大無辺な空間。
この虚空のような広大無辺の福徳と知恵を兼ね備えて
いると言います。
日本には早く奈良時代には伝わっていて、聖徳太子信
仰の隆盛にともなって、特殊な虚空菩薩像が作られま
す。
その姿は観音菩薩の姿に虚空菩薩を象徴する五智空
冠を被っている姿だそうです。
また、厄除けを祈願する本尊として、五大虚空菩薩とい
うものが
あるそうで、これは大日如来を中心とする金剛界五仏へ
の化身といわるれとのこと。
悟空菩薩の知恵は技能や芸術に及ぶとされ、
職人や芸術家の守り本尊ともなっているとのこと。
2017.2掲載再考
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
