言葉の物語 <九十九ーくじゅうく・つづら・つくも>
九十九島(くじゅうくしま)は私の佐世保の本家の近くに
あります。実際は200以上の島からなります。
九十九里浜は18歳から42年間住んだ千葉にあります。
全長66㎞、1里4㎞で計算すると396㎞、昔の中国の
1里は500mで計算すると49.5㎞となります。
私の婆さんの姉さんは99歳まで生きたと聞く。
九十九つながりで、つい書いてしまいました。
さて、「九十九=つくも」という語源は、水草の江浦草
(つくも)が白い毛のようなものが生えていることから。
何故か。白は百に一足らず。九十九歳の祝い白寿の
発想と同じですね。ちなみに江浦髪というと老女の白髪
のこと。
「九十九=つづら」の語源は、複雑に折れ曲がった蔦を
持つ葛藤(つづらふじ)から。
「つづら」で思い出すのは、川端康成の『伊豆の踊子』の
冒頭ですね。
<道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいた
と 思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながらすさまじ
い早さで麓から私を追ってきた。>
素晴らしい名文ですね。
「つづれおり」となると「綴れ織り」になっちゃいますよ。(笑)
映画『伊豆の踊子』の薫役、沢山いますが内藤洋子が
ジャストタイムです。
「九十九=つくも」は、付喪神からと。
付喪神の依代は長く生きたものと。
この長い意味で、もともと使われいてたのか九十九とい
う数字であったことからと。
化身の神仏
七福神六
毘沙門天
この方もインドの「クベーラ」という北方を守る神さん。
財宝、福徳を司ります。天部としては、他の役割の方が
重要ですね。
四天王の中で最強を誇り、単独で信仰される時は毘沙
門天ですが、四天王と一人となると「多聞天」と呼ばれ
ます。
日本に伝わると、平安京を守護する神として、羅城門の
上に配置されました。
また、都の北方守護として鞍馬寺に奉納されます。
京都の出雲寺が通称<毘沙門堂>と呼ばれるのは、
最澄がここに毘沙門天を祀ったのが始まりですと。
室町時代には戦闘神として武士に信奉され、上杉謙信
は毘沙門天にあやかり「毘」の字を旗印とした。
また、楠木正成はは毘沙門天の功徳により生まれたと
され、幼名を「多門丸」という。
『仏教小事典』から引用してみます。
<四天王随一で、北方の守護神。須弥山の第四層に
住し、夜叉、羅刹の2神を率いて、余の三州を兼ねる。
常に道場を守って説法を聞くから多門という。
普通の像は神王形で二鬼を踏み、左手に宝刀を持
ち、右手には宝棒をささげる。
十二天像のほか、単独でも尊崇され、福徳をさずける
ため七福神の一.>
吉祥天は毘沙門天の妻ですと。
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦
2016.12掲載再考
