こないだ宮崎駿の『風立ちぬ』を観てきました。
気持ちよさそうだなこの風、
というシーンがたくさんある作品でした。
忘れたけど、
ああなんといい風だ、
というようなタイトルの
確かロシアの人が描いた絵画を見たことをふと思い出しました。
絵画に描かれる主人公は、
なんとも大きな風に両手を広げてその風受け止めていました。
映画の中の堀越次郎さんは、
実際の彼もそうなんだろうけど誠実な人そのものでした。
特に友人の本郷さんが、
アキレスの亀の例を用いて当時の日本の飛行機の技術の遅れだけでなく
その製造した飛行機を牛が引いて何日も飛行検査する場所へ運ぶことに嘆いたとき、
「でも牛は好きだ」
と一言返すシーンがなんだか心に残りました。
創造的な時間の持続は10年だ
センスが大事だ、技術はそこについてくる
風は立つ、生き続ければ
いいかわるいかは別として、
好きな映画でした。

風は遠い向こうから常にここに届いているかもしれない
2013.9.23
気持ちよさそうだなこの風、
というシーンがたくさんある作品でした。
忘れたけど、
ああなんといい風だ、
というようなタイトルの
確かロシアの人が描いた絵画を見たことをふと思い出しました。
絵画に描かれる主人公は、
なんとも大きな風に両手を広げてその風受け止めていました。
映画の中の堀越次郎さんは、
実際の彼もそうなんだろうけど誠実な人そのものでした。
特に友人の本郷さんが、
アキレスの亀の例を用いて当時の日本の飛行機の技術の遅れだけでなく
その製造した飛行機を牛が引いて何日も飛行検査する場所へ運ぶことに嘆いたとき、
「でも牛は好きだ」
と一言返すシーンがなんだか心に残りました。
創造的な時間の持続は10年だ
センスが大事だ、技術はそこについてくる
風は立つ、生き続ければ
いいかわるいかは別として、
好きな映画でした。

風は遠い向こうから常にここに届いているかもしれない
2013.9.23
気持ちがざわざわしてるときにこんな文章と出会った。
小説を書きたくて、
もう書かずにはいられなくて、
血が騒いで騒いで、
おさまりがつかないという時代があった。
その逆の時代もあった。
どうもそれには一定の周期があるようだが、
いずれにしても、
血が騒いでるときのほうがいい。
自分の血の騒ぎに巻き込まれるのではなく、
それを静かに聴いていられたら、
もっといいのに、と思う。
こんな文章だった。
確かに血は騒いでるほうがいい。
綺麗なものをきれいと騒ぎ、
嬉しいものや悲しいものに相応に騒ぎ、
じっとそれらと響いてくれるなら。
騒ぐなら今騒げとおもうけれども、
なかなか血の沸点は高いものかもしれない。

鬼の形相というけど、
真剣さというのは血が沸騰している証なのかも
2013.9.20
小説を書きたくて、
もう書かずにはいられなくて、
血が騒いで騒いで、
おさまりがつかないという時代があった。
その逆の時代もあった。
どうもそれには一定の周期があるようだが、
いずれにしても、
血が騒いでるときのほうがいい。
自分の血の騒ぎに巻き込まれるのではなく、
それを静かに聴いていられたら、
もっといいのに、と思う。
こんな文章だった。
確かに血は騒いでるほうがいい。
綺麗なものをきれいと騒ぎ、
嬉しいものや悲しいものに相応に騒ぎ、
じっとそれらと響いてくれるなら。
騒ぐなら今騒げとおもうけれども、
なかなか血の沸点は高いものかもしれない。

鬼の形相というけど、
真剣さというのは血が沸騰している証なのかも
2013.9.20
夕刻ころランニングにいくと、
いつも以上に空には綺麗に映えるオレンジと朱色と深い青が入り交ざった層がみえた。
それもそのはずで、今日は中秋の名月がそれまた綺麗にみえる日なんだとか。
月はよくみていた気がする。
北海道のトマムという田舎に住んでいた頃、
そのころじいちゃんが倒れた直後ということもあって、
毎週のように彼のいる旭川に車で泊りがけで行っていた。
かれこれ、じいちゃんが亡くなる前まで4年ぐらいだったんだろうか。
父さん母さんの運転する車に揺られて、
片道3時間ほど、夜は車中の外をみるしかなかった。
旭川にも僅かな灯火しかないというのに、
そこから30分もすればそこは車のライトしか辺りを照らすことはなかった。
停車するものなら、
満天の星空がそこにあったことは今でも目の奥が覚えているような気がする。
そう、
そのときも今日みたような赤く大きな月があった。
父母は当時どんな気持ちで車を走らせていたんだろう。
そういえば、亡き祖父の話をしてことがあった。
祖父は樺太で財閥の子として幼少期を育ち、
大きな構えもあり名に不自由ない生活だったとか。
戦争にもある意味貢献して、
祖祖父は富がたくさんあったとか。
戦争中、どうしても樺太から稚内に行かねばという道中で、
祖父はその船に幼子や老人を自分を差し置いて誘導していたらしい。
自らの命を顧みず。
前に出てった二隻の船は爆撃されたとか。
祖父はなんて考えたんだろう。
おかげで今の自分があるのだけれども、
幼少期の自分にはなんだか衝撃的だった話だったな。

月はいろんな血のつながりを思い出させてくれる
2013.9.19
いつも以上に空には綺麗に映えるオレンジと朱色と深い青が入り交ざった層がみえた。
それもそのはずで、今日は中秋の名月がそれまた綺麗にみえる日なんだとか。
月はよくみていた気がする。
北海道のトマムという田舎に住んでいた頃、
そのころじいちゃんが倒れた直後ということもあって、
毎週のように彼のいる旭川に車で泊りがけで行っていた。
かれこれ、じいちゃんが亡くなる前まで4年ぐらいだったんだろうか。
父さん母さんの運転する車に揺られて、
片道3時間ほど、夜は車中の外をみるしかなかった。
旭川にも僅かな灯火しかないというのに、
そこから30分もすればそこは車のライトしか辺りを照らすことはなかった。
停車するものなら、
満天の星空がそこにあったことは今でも目の奥が覚えているような気がする。
そう、
そのときも今日みたような赤く大きな月があった。
父母は当時どんな気持ちで車を走らせていたんだろう。
そういえば、亡き祖父の話をしてことがあった。
祖父は樺太で財閥の子として幼少期を育ち、
大きな構えもあり名に不自由ない生活だったとか。
戦争にもある意味貢献して、
祖祖父は富がたくさんあったとか。
戦争中、どうしても樺太から稚内に行かねばという道中で、
祖父はその船に幼子や老人を自分を差し置いて誘導していたらしい。
自らの命を顧みず。
前に出てった二隻の船は爆撃されたとか。
祖父はなんて考えたんだろう。
おかげで今の自分があるのだけれども、
幼少期の自分にはなんだか衝撃的だった話だったな。

月はいろんな血のつながりを思い出させてくれる
2013.9.19
16歳から19歳の作品しかないフランス生まれ彼は、
世に天才と呼ばれ多くの影響を後世に与えたらしい。
「とんでもない!世の母の希いは1つ、
子のためのゆくとい褥
枝に揺られる美しい小鳥のように身をよせ合って
純白の夢結ぶまどかな熟睡(うまい)用意する
柔らかな塒以外に何の希いがまた在ろう!
それなのに、ここに在るのは、羽とても、ぬくとさとてもない塒、
おののいているばかり、
手きびしい北風が、氷らせ果てた塒とでも言うのだろうか・・・」
とは孤児のとりまくある環境の一端を書き表した抜粋。
僕の言葉の錬金術と言いながら、
現世への告別の意味を込めてかいた『最高の砦の歌』では
「来ぬものか来ないものか、
その陶酔の一時は」
と何度も言い続ける。
『地獄の一季』では「幸福!」と言いながら次に続いていた、
「おお、歳月よ、あこがれよ!
誰か心に暇がない!
僕は究めた魔術でもって
誰にものがれぬ幸福を。
ゴールの鶏の鳴くたびに
僕ら幸福を敬遠しよう。
幸福が僕に力を入れるので、
僕は幸福に飽いちゃった!
身も魂もこいつに慣れて
努力する気がなくなった。
おお、歳月よ、あこがれよ!
こいつらから逃げ出せるのは、残念ながら!
僕の最後の時らしい。
おお、歳月よ、あこがれよ!」
と、最後には
「これも最後のこととはなった。僕、今や、美をば崇めるわざくれも知る」と。
時には、『黎明』の中で
「僕は夏の黎明を抱きしめた。中略
目が覚めると正午だった」
誰かが勝手に作者とは違う本の解釈をするなと
書いていたのが頭のどこかに居座っているけれど、
なんだか今の自分には
こういう言葉がその作者の瞬間の喜びだとか驚きを書いているように思う。
彼らは言葉のないものに言葉を与えているんだなあと。
自分は言葉のないものに何を与えられるんだろうと。
その瞬間はもう明日にはないものなのに。
明日には感じなくなっているものかもしれない。こういう気持ちも。
世に天才と呼ばれ多くの影響を後世に与えたらしい。
「とんでもない!世の母の希いは1つ、
子のためのゆくとい褥
枝に揺られる美しい小鳥のように身をよせ合って
純白の夢結ぶまどかな熟睡(うまい)用意する
柔らかな塒以外に何の希いがまた在ろう!
それなのに、ここに在るのは、羽とても、ぬくとさとてもない塒、
おののいているばかり、
手きびしい北風が、氷らせ果てた塒とでも言うのだろうか・・・」
とは孤児のとりまくある環境の一端を書き表した抜粋。
僕の言葉の錬金術と言いながら、
現世への告別の意味を込めてかいた『最高の砦の歌』では
「来ぬものか来ないものか、
その陶酔の一時は」
と何度も言い続ける。
『地獄の一季』では「幸福!」と言いながら次に続いていた、
「おお、歳月よ、あこがれよ!
誰か心に暇がない!
僕は究めた魔術でもって
誰にものがれぬ幸福を。
ゴールの鶏の鳴くたびに
僕ら幸福を敬遠しよう。
幸福が僕に力を入れるので、
僕は幸福に飽いちゃった!
身も魂もこいつに慣れて
努力する気がなくなった。
おお、歳月よ、あこがれよ!
こいつらから逃げ出せるのは、残念ながら!
僕の最後の時らしい。
おお、歳月よ、あこがれよ!」
と、最後には
「これも最後のこととはなった。僕、今や、美をば崇めるわざくれも知る」と。
時には、『黎明』の中で
「僕は夏の黎明を抱きしめた。中略
目が覚めると正午だった」
誰かが勝手に作者とは違う本の解釈をするなと
書いていたのが頭のどこかに居座っているけれど、
なんだか今の自分には
こういう言葉がその作者の瞬間の喜びだとか驚きを書いているように思う。
彼らは言葉のないものに言葉を与えているんだなあと。
自分は言葉のないものに何を与えられるんだろうと。
その瞬間はもう明日にはないものなのに。
明日には感じなくなっているものかもしれない。こういう気持ちも。
直感だとか偶然という言葉も気配の一種なのかな。
子どもの頃、
北海道にはもちろん彼は絶対的な知識はあるんだけど、
食べられる山菜やきのことそれ以外を見分けられていたし、
こっちに行ってみようとしたその先にはそれらが生えていた。
フィリピンでも糸をたらせばすぐ釣れる人がいた。
寄宿舎のおばあちゃんは、
一瞬すれ違った子を見やり、
あの子いつもと違うね、と言った。
そしたらその子は熱があった。
『善の研究』(純粋経験と実存)の西田幾多郎は、
主観と客観が混じる前に純粋経験なるものを大切にしていたそうで。
それは知識ではなく経験を通して築かれていったものなようで。
ある音楽家が無心で指揮をとっている最中、
だとかが確か例に挙げられていた。
その道の極意を熟知した人が作り出すその空気に、
気配が触れたとき、
それはなにかの反応を起こすんだろうか。

気配はある意味生死の境目のような瞬間でこそ発揮されるものなんだろうか
2013.9.4
子どもの頃、
北海道にはもちろん彼は絶対的な知識はあるんだけど、
食べられる山菜やきのことそれ以外を見分けられていたし、
こっちに行ってみようとしたその先にはそれらが生えていた。
フィリピンでも糸をたらせばすぐ釣れる人がいた。
寄宿舎のおばあちゃんは、
一瞬すれ違った子を見やり、
あの子いつもと違うね、と言った。
そしたらその子は熱があった。
『善の研究』(純粋経験と実存)の西田幾多郎は、
主観と客観が混じる前に純粋経験なるものを大切にしていたそうで。
それは知識ではなく経験を通して築かれていったものなようで。
ある音楽家が無心で指揮をとっている最中、
だとかが確か例に挙げられていた。
その道の極意を熟知した人が作り出すその空気に、
気配が触れたとき、
それはなにかの反応を起こすんだろうか。

気配はある意味生死の境目のような瞬間でこそ発揮されるものなんだろうか
2013.9.4
The owl of Minerva first begins her flight with the onset of dusk.
ミネルバの梟は黄昏とともに飛び立つ
ギリシャ神話の時代には、
この知識とか哲学の象徴とされる梟は晩年とも暁ともいえない渦中で、
くらい道程を照らし導いたんだとか。
照らすものにしか分からない孤独を抱えながら、
照らされているものには今はみえないその先をじっとみつめている。
その孤独は照らすときのみ、
受け継がれていくのかもしれない。
その孤独は確固たる光の瞳に姿をかえて、
あたたかい色と音と匂いを奏でていくんだとおもう。

女神アテナは梟を信頼し信じた
梟は決して裏切らなかった
2013.9.2
ミネルバの梟は黄昏とともに飛び立つ
ギリシャ神話の時代には、
この知識とか哲学の象徴とされる梟は晩年とも暁ともいえない渦中で、
くらい道程を照らし導いたんだとか。
照らすものにしか分からない孤独を抱えながら、
照らされているものには今はみえないその先をじっとみつめている。
その孤独は照らすときのみ、
受け継がれていくのかもしれない。
その孤独は確固たる光の瞳に姿をかえて、
あたたかい色と音と匂いを奏でていくんだとおもう。

女神アテナは梟を信頼し信じた
梟は決して裏切らなかった
2013.9.2
三島由紀夫の書いた『仮面の告白』。
「私」の自己分析による幼少期からの性的趣向の変遷だとか、
同性愛とかサディスト的なものだとか、
そんなものが時には誇張しすぎるのではないかというぐらい
痛快な例えと色と匂いをもって書き綴られていた。
この作品で一躍有名になったんだとか。
確かにすらすら読んでしまったんだから、
すごく面白かったんだと思う。
ジャンヌダルクや聖セバスチャンの絵画に見惚れてしまったり、
自らの貧血の理由を意識化まで遡って考えてみたり、
「少年期の欠点は、悪魔を英雄化すれば悪魔が満足してくれると信ずることである」
と16歳の時にふけったと思えば、
自分に向かって「お前は年月の計算を間違えてないか!落第坊主め!」
と21歳になって初めての恋をこう自虐し、
「潔癖さというものは、欲望に命ずる一種のわがままだ。
私の本来の欲望は、そういう正面切ったわがままさをさえ許さぬ隠密な欲望だった」
と自らを受け入れていた。
また
「意外なことに、私が恐れていた日常生活はなかなかはじまるけしきもなかった。
人々が【明日】を考えない度合いは、戦時中よりもいやまさるように思われた」
と戦争を死の羨望とともに見つめていた。
序文にドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の抜粋があった。
「美-美という奴は恐ろしいおっかないもんだよ!
つまり杓子定規に決めることが出来ないから、それで恐ろしいのだ。
なぜって、神様は人間に謎ばかりかけていらっしゃるもんなあ。
美の中では両方の岸が1つに出会って、すべての矛盾が一緒に住んでいるのだ。
俺は無教育だけれど、この事はずいぶん考え抜いたものだ。
実に神秘は無限だなあ!
この地球の上では、ずいぶん沢山の謎が人間を苦しめているよ。
この謎が解けたら、それは濡れずに水の中から出て来るようなものだ。
ああ美か!その上俺がどうしても我慢できないのは、
美しい心と優れた理性を持った立派な人間までが、
往々聖母の理想を懐いて踏み出しながら、
結局悪行(ソドム)の理想をもって終るという事なんだ。
いや、まだまだ恐ろしい事がある。
つまり悪行の理想を心に懐いている人間が、
同時に聖母の理想をも否定しないで、まるで純潔な青年時代のように、
真底から美しい理想の憧憬を心に燃やしているのだ。
いや実に人間の心は広い、あまり広過ぎるくらいだ。
俺は出来る事なら少し縮めてみたいよ。
ええ畜生、何が何だか分かりやしない、本当に!
理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。
一体悪行(ソドム)の中に美があるのかしらん?・・・
・・・しかし、人間て奴は自分の痛いことばかり話したがるものだよ。」
彼はありのままに自分を検索して整理していった。
そしたら彼の美が現れた。
自分にとっての美はなんだろうと読み終えて思った。

目には人の美の瞬間が顕著に出るのかもしれない
他人だけが彼が彼女が何に美を感じているか分かるんだろう
2013.9.1
「私」の自己分析による幼少期からの性的趣向の変遷だとか、
同性愛とかサディスト的なものだとか、
そんなものが時には誇張しすぎるのではないかというぐらい
痛快な例えと色と匂いをもって書き綴られていた。
この作品で一躍有名になったんだとか。
確かにすらすら読んでしまったんだから、
すごく面白かったんだと思う。
ジャンヌダルクや聖セバスチャンの絵画に見惚れてしまったり、
自らの貧血の理由を意識化まで遡って考えてみたり、
「少年期の欠点は、悪魔を英雄化すれば悪魔が満足してくれると信ずることである」
と16歳の時にふけったと思えば、
自分に向かって「お前は年月の計算を間違えてないか!落第坊主め!」
と21歳になって初めての恋をこう自虐し、
「潔癖さというものは、欲望に命ずる一種のわがままだ。
私の本来の欲望は、そういう正面切ったわがままさをさえ許さぬ隠密な欲望だった」
と自らを受け入れていた。
また
「意外なことに、私が恐れていた日常生活はなかなかはじまるけしきもなかった。
人々が【明日】を考えない度合いは、戦時中よりもいやまさるように思われた」
と戦争を死の羨望とともに見つめていた。
序文にドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の抜粋があった。
「美-美という奴は恐ろしいおっかないもんだよ!
つまり杓子定規に決めることが出来ないから、それで恐ろしいのだ。
なぜって、神様は人間に謎ばかりかけていらっしゃるもんなあ。
美の中では両方の岸が1つに出会って、すべての矛盾が一緒に住んでいるのだ。
俺は無教育だけれど、この事はずいぶん考え抜いたものだ。
実に神秘は無限だなあ!
この地球の上では、ずいぶん沢山の謎が人間を苦しめているよ。
この謎が解けたら、それは濡れずに水の中から出て来るようなものだ。
ああ美か!その上俺がどうしても我慢できないのは、
美しい心と優れた理性を持った立派な人間までが、
往々聖母の理想を懐いて踏み出しながら、
結局悪行(ソドム)の理想をもって終るという事なんだ。
いや、まだまだ恐ろしい事がある。
つまり悪行の理想を心に懐いている人間が、
同時に聖母の理想をも否定しないで、まるで純潔な青年時代のように、
真底から美しい理想の憧憬を心に燃やしているのだ。
いや実に人間の心は広い、あまり広過ぎるくらいだ。
俺は出来る事なら少し縮めてみたいよ。
ええ畜生、何が何だか分かりやしない、本当に!
理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。
一体悪行(ソドム)の中に美があるのかしらん?・・・
・・・しかし、人間て奴は自分の痛いことばかり話したがるものだよ。」
彼はありのままに自分を検索して整理していった。
そしたら彼の美が現れた。
自分にとっての美はなんだろうと読み終えて思った。

目には人の美の瞬間が顕著に出るのかもしれない
他人だけが彼が彼女が何に美を感じているか分かるんだろう
2013.9.1


