秋葉原の歩行者天国で、死者負傷者が多数出た事件。
殺人は悪いことだと教わったので、これが悪いことだとはわかる。
しかし、殺人=悪いという結論だけ教わったのであって、なぜなのかは分からない
数式の答えだけ教わっても自分で解けるようにはならないのである。
他人の悟りの書を読んだとしても自分が悟りを開かなければ、それはただのガラクタなのである。
人を殺してはいけない、ぶれない考えを持った人は世の中にどれくらいいるのだろうか。
人は死んだらおしまい。生きていたことも怪しいのである。
昔、邪馬台国の女王であった卑弥呼すら本当に存在していたのだろうかと疑われている程である。
誰かが言っていた。
「平凡」 が、 「健康」 が、 「優しい」のが 一番だよ。
今まで大きな罪を犯したこともない、目立った才能もなく平凡に、健康に、優しく生きてきた私は、
死んだら確実に、生きていたかもあやふやになるのである。一番ではなかったのか。不思議だ。
だが、この犯人はどうだろう。もし犯人が今死んでも、歩行者天国が、いや、秋葉原が、日本が、もしかしたら世界がある限りこの人は生きていたと証明されるのである。
不名誉だと世間は認識するかもしれない。しかし、生きていたのである。
平凡に健康に優しく生きてきた者は100年も経てば生存すら認識する者はほぼいない。
しかし、この犯人は100年は余裕だ。
私は願う。生きたい、出来るだけながく、生きていたと。
最近では某グラビアアイドルが自殺した。
テレビでもよく見る存在だったが、テレビの報道随分とあっさりしたものだった。
同じくらいに亡くなった大物の香りがする有名人の報道は、グラビアアイドルと比べれば長かったものの、
秋葉原犯人と比べればあっさりだ。
この犯人は長生きするだろう。