そんな風に智と暮らし始めて、3年目のある日。
届いた。
あの、メール。
『相葉雅紀』
・・・まーくん。
忘れたくて、でも、何を区切りにしたらいいのかわからなくて。
忘れる、なんてできないんだ。
自分が『終わったこと』と決めるしか。
だから、ただ、思い出さないように。
一緒にいる智にひたすら委ねた。
彼に触れて、見つめている間は、穏やかにいられたから。
智はたぶん、俺の中にある消えぬ思いを見つけていたんだと思う。
ことあるごとに抱えてるものを出せ、ずっとそばにいるからと言い続けてくれた。
そのたびに俺は曖昧に笑って・・・それもうまく笑えていたとは到底思えないが、とにかく『何にもないよ』とごまかした。誤魔化すたびに無意識に、薬指に傷のある左手を口もとに寄せて、笑えていない自分を隠した。
俺はそんな風に絶対に素直に答えないのに、何度でも何度でも、言葉で、態度で、温もりで、俺を安心させようとする智の存在が、俺にはどれほどの救いだったかしれない。
俺は、いつの間にか『ずっと』を信じてしまいそうになって、必死で期待をしないよう、もう大丈夫だなんて思わないよう、すこしずつ、あの冬の、アスファルトの冷たさを思い出すようになっていた。
期待もしないし、ずっと、なんかない。
そうやって自分で枷をはめた。
絶対に外さない、自分への呪いともいえる、枷。
俺が倒れた、あの後。
結局、起き上がれずにそのままベッドで智に抱きしめられながら眠ってしまって。ふと意識が戻ったのは、いつもなら夕飯を食べ終わるくらいの時間。
「・・・おなかすいたな・・・」
智のぬくもりがずっとそばにあったことを感じていた。
落ち着いて呼吸ができた。あたたさに惹かれて、もぞもぞと身体を寄せる。俺が起きたことに気づいて抱き寄せて欲しいけど、気づかれないでもいたいような。
いつまででもこうしていたい。
智の匂いと、呼吸の音。
時折漏れる意味をなさない声。
急に布団を蹴っ飛ばしたかと思えば、
失った布団のぬくもりを諦めて、寒そうに丸くなる。
そういう、今ここにいる、智を表す、すべてのこと。
智の存在が強くなればなるほど、反比例して、自分がどんどん弱くなる。もう誰かの不在で立ち上がれなくなるようなことは嫌なのだ。
なのに。
どれだけ抗っても、枷の冷たさを意識しても、現実。
隣に感じるぬくもりの安心感に勝るものはないのだ。
思い知らされる。
そこにある、ぬくもり。
急に鳩尾の少し上あたりがぎゅっと絞られるように痛む。
苦しくていとおしい、甘い痛み。
・・・失いたくない。
側にいてほしい。
ずっと。
「・・・和也。おきたか?」
「ん」
「気分は」
「ちょっと・・・ぼんやりする。目が痛い・・・あと、おなかすいた」
「あー、だな。おれも」
「うん」
「なー・・・」
「うん」
「・・・」
「・・・ふふ、起きる気ないでしょ」
「・・・ねーな」
俺が望んだやり方で、俺は智の胸元に引き寄せられる。
そして、ぎゅうっと押し込められて、まるでこのまま一つになってしまうみたいな。
「くるしいよ」
「我慢しろ。離れたくねーんだから」
まただ。
鳩尾の少し上の、痛み。
「・・・ッはぁ、、」
ぎゅっと身体を絞められているから、息を吐くだけなのに、図らずも甘い音色が漏れた。
「カズ・・・誘ってくれてんの?」
「ちがっ・・・う、けど・・・」
でも、安心したい。
智の全部を感じたい。