こんにちは

ぼく、栞吏ちゃん




「なあなあ〜栞吏ちゃ〜ん」



気だるそうな声で

ぼくを呼ぶのはおーねいちゃん




得意の寝たふりで知らん顔してみたけれど



トントントントン

トントントントン



絶妙な強さとリズムで

お尻を刺激されるものだから


勝手に出ちゃう可愛い声で

起きている事がばれてしまう




「眠たいん?

茶でもしばこーや」






おーねいちゃんの言う“茶”は

コーヒーかな、

それとも

ルイボスティー?




そういえば

中国料理をよばれた時に

美味しい中国茶の飲み比べをして

楽しかったって言うてたな






買ってきたんじゃろうか




いつもはお水しか飲めないけれど

ぼくも飲んでもええんやね

と尋ねようとした所で



口をつむる











「落ち着いて取れば大丈夫」


おーねいちゃんは

小さな声で繰り返し呟きながら




“汚いかもしれない何か”に触れないように

マグカップ以外には触れないように

慎重に手を伸ばしている





おーねいちゃんが何か作業をする時

 
作業と呼ぶのも可笑しいような何気ない事だけれど


“落ち着いてやれば大丈夫”

“ゆっくりやれば大丈夫”


自身に言い聞かせながら

必死に集中している時に声を掛けてしまうと



集中の糸が切れて


何がなんだか、どこまでやったか

何に触れてしまったのか


分からなくなり不安になってしまうのだ






「何かが出来てなくても

何に触れていても

どうだって良いのにね!」


ぼくとおーにいちゃんは口を揃えるのだけれど








不安を遠ざける“工夫や努力”は

強迫性障害の症状を悪化させる




不安にならないように確認する


こういう順番でやれば大丈夫




そうこうして

確認、確認ばかりの複雑なマイルールが増えて

何事にも時間が掛かる



確認を忘れた時

順番が崩れた時


平常心ではいられない





ちゃんと確認したから大丈夫!

と思った次の瞬間には



「本当に確認したっけ?」




確認したことが事実である事を

脳内で確認する


それでも後から不安になるので

メモに残す


おーねいちゃんのスマホは

確認の記録でびっしりだ






先にも言ったように


不安を遠ざける行為は

症状を悪化させる



不安の芽を必死に回避していても

新たな不安が不思議なくらいに 

ポンポンと浮かんでくる




“こんな事になってしまったらどうしよう”


ではなく


“もしなったらその時考えれば良い”

“なったらなったで良い”




不安を遠ざける努力はしてはいけない


マインドを変えて

ぴったりと隣に居なけらればならない




ここまで理解はしている




我慢して確認することを止めてみたら

その内不安が薄れ

確認しなくても済むようになった事も

幾つかある


 
理解はしている





だけれど

はい、そーですか

と簡単には変われないらしい







おーねいちゃんは

コーヒーを飲み始める


マグカップにスティックの粉末を入れるだけ

電気ポットのお湯を注ぐだけ




いっちゃん簡単なやつ

スプーンも使わなくてええもんね




何となくそうだろうとは思っていたけれど

当たり前に

ぼくの分の茶はなかった




良い香りの中

うつらうつらし始めるぼくに





「ゆうき君覚えてるじゃろう?」





ゆうき君とは

おーねいちゃんの小学校からの同級生で

初恋の相手だ





うんうん頷くと




「ゆうき君がたまに実家に来てるらしいよ」






おーねいちゃんが聞いた話によると

おーねいちゃんの父が参加する趣味の集まりに

たまたま

ゆうき君も加入したらしい


同じ趣味の仲間のひとりとして

たまに実家に来ては

父と一緒に飲んだり食べたりしているそうだ






ゆうき君はずっと地元なんやね?

と尋ねると


おーねいちゃんはコーヒーを

グイッと飲み干し


「きっとね」






成人式以来

会っていないゆうき君



友人のSNSに写っていた彼は

少しふっくらしたようだけれど

顔にはやはり

小学生の頃の面影が残っている








別の日

 

実家に居る

狸のおねいちゃんから

ゆうき君が来たと続報のメッセージ




これまではまじまじと顔を見なかったけれど

今回は挨拶をしてくれた時に思ったらしい





“ゆうき君って

おーにいちゃんに似てるね!

お母さんも言ってるよ!”









この日から

おーねいちゃんは自身の長所に

“ぶれない”所を加えた



芯がある人って意味なら長所として分かるけれど

好みがぶれない事も長所になるん?

頭を傾げるぼくに



「何事もプラス思考よ栞吏ちゃん!

何でも入れたったらええんよ♪」





そして

夜遅く、帰宅するおーにいちゃんに

ゆうき君と似ているらしい事を伝える




「わたしってぶれないじゃろう」



得意気に話すおーねいちゃんに

返って来た言葉は



「そっちは偽物だろ?

こっちが本物なんだから〜」





ぼくとおーねいちゃんは

ポカンとしたまま顔を見合わせる




おーにいちゃんがお風呂に入る所を確認すると




偽物、本物の発想なんてなかった事


おーにいちゃんが言いたいのは

本家と分家みたいな事?


ほんで自分の方が本家か元祖って事?



おーねいちゃんとふたり

ひそひそと話し合う





おーにいちゃんとの出会いは大学生の頃

ゆうき君は小学生の頃から知っている



ふたりは同学年になるけれど

おーにいちゃんは早生まれで

ゆうき君はおそらく早生まれではない



頭の中で

パチパチパチとそろばんを弾くように

答えを出す




敢えて本物、偽物をつけるなら









本物はゆうき君の方やんな









今日もぼくたちは

一緒に眠る



ぶれることはない

仲良く


仲良く





定期検査頑張ったねー栞吏ちゃん!これからも元気でいようよ!