学校では日本国憲法は戦後に新しく作られたもののように教えられたような記憶があるのですが、実際の制定過程は違っていました。
以前の記事でもちらっと書いたのですが、以下の記事によると「明治憲法第73条に基づき、憲法改正草案が天皇の勅命により衆議院と貴族院からなる帝国議会の議に付され」て改正されたので「欽定憲法」のままです。
「勅命により衆議院と貴族院からなる帝国議会の議に付され」「勅令に基づいて公布 」されたということからみて、どう考えても欽定憲法であることは否定できないでしょう。
「八月革命説」という擬制による「民定憲法である」という主張は、戦前からのエリート学者による一種のまやかしだと思います。
血統に基づく権威主義である天皇制の廃止以外、この国で平等な国民の主権を基礎にした真の民主制(政)は実現しないでしょうし、絶対主義的旧天皇制の復活を根絶することは不可能でしょう。
戦前の絶対主義的天皇制がいかなる災厄を日本人にもたらし、戦後日本をヤプーランドしてしまったか、日本人は真剣に考えないとより悲惨な結末をもたらすかもしれません。
ありがとうございます