無量寿経 64  智慧(悟り)、慈悲(救済力)、信仰のレベルがリンクしている | たこなぐりの宗教ブログ

たこなぐりの宗教ブログ

宗教の古典の紹介
この世での生活状況

自由の問題と修行の問題
低い天国でじっとしておれば、苦界で苦労することは無い。
それで満足か?
(肉体を持った)偉い如来や菩薩にも会えない。
142
(45) 釈尊が弥勒菩薩に仰せになった。

「 たとえば転輪聖王が王の宮殿とは別に七つの宝でできた宮殿を持っているとしよう。そこにはさまざまな装飾が施されており、立派な座が設けられ、美しい幕が張られ、いろいろな旗などがかけられている。その国の王子たちが罪を犯して父の王から罰せられると、その宮殿の中に入れられて黄金の鎖でつながれるのであるが、食べものや飲みもの、衣服や寝具、香り高い花や音楽など、すべて父の王と同じように何一つ不自由することがない。さてその場合、王子たちはそこにいたいと願うだろうか 」

 弥勒菩薩がお答えする。
「 いいえ、そのようなことはないでしょう。いろいろな手だてを考え、力のある人を頼ってそこから逃れ出たいと思うでしょう 」

 そこで釈尊が弥勒菩薩に仰せになる。
「 胎生のものもまたその通りである。仏の智慧を疑ったためにその宮殿の中に生れたのであって、何のとがめもなく、少しもいやな思いをしないのであるが、ただ五百年の間、仏にも教えにも菩薩や声聞たちにも会うことができず、仏がたを供養してさまざまな功徳を積むこともできない。このことがまさに苦なのであり、他の楽しみはすべてあるけれども、その宮殿にいたいとは思わないのである。

*
『仏にも教えにも菩薩や声聞たちにも会うことができず、仏がたを供養してさまざまな功徳を積むこともできない』
いろんな世界宗教や鎌倉仏教とかが興るとき、教祖たちを信仰できない。
紀元前に死んでいる人
地上に出ていなければ、イエスも釈迦も知らない。
その教えを知らないのは大損

 しかしこれらのものが、その苦は仏の知恵を疑った罪によると知り、深く自分のあやまちを悔い、その宮殿を出たいと願うなら、すぐさま思い通り無量寿仏のおそばへ行き、うやうやしく供養することができる。また、ひろく数限りない仏がたのもとへ行ってさまざまな功徳を積むこともできる。

 弥勒よ、よく知るがよい。仏の智慧を疑うものはこれほどに大きな利益を失うのである。そうであるから、無量寿仏のこの上ない智慧を疑いなく信じるがよい 」

*
信仰のレベルをある程度上げないと、高い世界に行けない。
高い悟りが得られないぐらい。
智慧(悟り)、慈悲(救済力)、信仰のレベルがリンクしている。
これも、地上頭でわかりにくいか。
「そうなっている」としか管理人も言えない。