わたしは本当に、今まで、直線的に生きてきた。



白か黒かの判断が多くて、正義感が強くて、それが苦しくて、自分の想いとその基準とのギャップに、てんやわんやしてきた。

 



のりさんが、「一緒にやろう!その中で、こんな生き方もあるんだと学んでいってみて」と言った時、正直、生き方って何だ?と思っていた。

 



 

のりさんとYouTubeチャンネルをすることになって、何をしたら良いのか分からなかった。



ずっと手探りで、最初はそれが辛かった。



どうぞ、過去の動画を見てみて下さい。手探り感、一目瞭然です。

のり35チャンネル

16年間、口コミだけで1,000人以上の人生相談にのってきた真理コンサルタントのり35との、お話しチャンネルです。

 

 

 

手探りって、何をしたらいいか分からない。


 

すぐに成果を出せない、わたし。

役に立てない、わたし。

 



あの頃は、「チャンネル登録者数が増えることや、視聴回数が増えることが正解」という無意識の前提があった。

 

 

のりさん、かおりさん、時にはみんなに協力してもらいながら、動画を撮って


わたしの前提を少しずつ溶かしていく時間をもらいながら、



手探りの中、自分たちだけの感覚のまま進んでいき

 

▶︎人気になりそうなことより、楽しんでやれること

▶︎注目を浴びそうな難しいことより、分かる範囲のこと

▶︎誰かの役に立ちそうな遠くのことじゃなくて、自分の今に役に立つこと

 


そんな風に変わっていって、結果、セミナー形式でもなく、語り形式でもなく、おしゃべりスタイルになっている





これが正解か分からないけど、今のわたしにとっては、とっても心を込めて臨めているスタイルであり、わたしがのりさんに、気楽に楽しくやれるスタイルでもある。

 

 




そして、こんなコメントをいただきました。


「これからもお二人の楽しいやり取りに、一緒に参加している気分を味わいたいと思います。」

 





わたしの手探りも、おしゃべりスタイルになった経緯も知らないはずなのに、「一緒に参加している気分を味わいたい」と言ってくださる、そのお気持ちに、なんだか、

 



“届いている”

そんな風に、感じたのです。

 


 

何が届いているのか、何に対して思うのか、うまく言葉にできませんが、


数じゃない、結果じゃない。達成感でもない。





わたしという存在と、あなたという存在とが、繋がってるような、


ちゃんとおしゃべりをしたこともないのに、想いが伝わっているし、伝わってくる

そのことに、とても感動している自分にビックリします。

 




 

バッドボタンに、心揺さぶられたこともありました。

ひとつのバッドボタンが教えてくれたこと

前提を変えてしまえば、今ではほとんど、単なる数字としての認識です。

貴重なご意見、ありがとうございます。

 

 

 


手探りだからこそ、どんなご意見もお気持ちも、本当に嬉しく感じます。









嬉しいご返事全文♡




嬉しいご返事をくださったブログはこちら。
まごころキッチンさま







そうなんです!!!


 

きっかけは、ふんわり糀家のなつみさんのトークショーなんです。


高松での生活と空音遊での丁稚から、不思議なご縁で、なつみさんとまた繋がって

なつみさんとのご縁のはなし



なつみさんの直感が、わたしに司会を経験させてくれて、

トークショーの司会をしました!

人と繋がって楽しむこと、情熱を燃やすことを知り、そして、想いを聞くことが好きだなと改めて思った機会でもありました。


 



このときから質問力があるとは 言ってもらいましたが、いまだに、質問力があるとは思えません。




 

 

けど、ないまま、やってきて良かった。

 


動画を編集しながら、自分の質問や受け答えに恥ずかしくなることばかりだけど、

 

自信がないことも、正しいやり方や立派なやり方を知らないと思うのは、わたしの勝手。

相手の都合は関係ない。



自信がないから、「出しゃばってないけない」という思いで、変にセーブをしたり、集中できてなかった部分があった。

 


けど、わたしの勝手なんか関係なく、誰かに届いている。


 

喜んでくれる人がいる。


そのことを知れた!!





この時溢れてきたのは、

今までのその時その時の選択が、またその先、今に繋がってるような気がして


自信のないわたしのまま、なんのスキルもなくて、何をしたらいいかも分からないまま


YouTubeを人気にするぞ!とか、人脈広げるぞ!とか、どんどんやってくぞ!なんて思いも、


本当にないまま、ただ・・・



まさに流されるままやってきて、




今までの色んな頼まれごとがきっかけになって、わたしと、その人とたくさんの人たちと繋がって、支え合って、輝き合って、

ようやく、わたしが、このご返事を読むことができたのだ、それがひとつの結果なんじゃないかと思えたのです。




直線的に分析したら、こうなることは当たり前なのですが、きっと


計画して予想したものじゃないから、心だけ優先してものすごく気楽に流されてきた道だから、これがご縁なんだなぁとしみじみするのだと思うのです。



 




 

わたしは、いまだに、夢も希望もない。

だから、「喜ばれること・頼まれごとをする」をしています。


そのお話はこちらから。

“夢も希望もなくていい”とホッとした、あの日





夢もなんもなくて、生きて良いのかなって思ったこともあった。





「人に使われてるままじゃダメだよ。自分の人生なんだから、自分のやりたいことをしなきゃ!」
と言われることもあった。
 
その通りかもしれない。
その考えも分かる。


わたしの場合は、その考えを前提は、つらくなってしまって、うまくいかなかった。

頑張りが足りないのかもしれません。






けど、わたしは、小林正観さんの
「夢も希望もない暮らし」のほうは、
すなわち感謝に満ちた暮らしということで、
そのほうがよっぽどラクで楽しい人生だと思うのです。
という言葉に救われて

それを貫いてみたら、どうなるのか、やってきてみたのだと思うのです。







本当に、細々と、わたしのやれる範囲で頼まれごとをして

好きだからやってます!とか、得意だからやってます!みたいな想いも何もなく、

ただ相手が喜んでくれることをやってきて


別に、ものすごい称賛されるような成果を出してるようなものはないんだけど、


この時をきっかけに、

わたしの中での幸せの感覚や基準というか、幸せの質感は圧倒的に変わりました


上下矢印だと思ってたことが、横左右矢印に感じるような
四角四角グリーンだと思っていたことが、丸丸レッドに感じるような、そんな変化なのです。





 

 






最初は、喜ばれることをする!という言葉を読んで、「喜ばれることをして何になるの?」って思う気持ちもありました。

 

 



 

喜ばれることをする、頼まれごとをする。


それは、その相手が喜んでくれるだけじゃなくて、


その人やその事を超えて

喜んでくれる人が現れるんだと知りました。

 





 

わたしにできる範囲で、できることだけと思ってきました。



それは、とても小さいことだと思ってきました。

 

小さいことなのかもしれません。

けど、小さいことだから、大きいことに直結するようにも感じるのです。

 

 

 





 

いまだに、夢も希望もない。



けれども、生きるって楽しい。

ただ、生きているってことだけで。



ちゃんと、そう感じれています。

ますます、そう感じるようにもなっています。



うん、生きるのが、こんなにも楽でいいんだ。

そう思えるのです。






生きていて、良かった。




自分が楽しいと思える生き方があるんだ!と思えること、そして、みんなに気づかせてもらっているという今この瞬間のいのちに、とてもありがたく感じています。

 





頑張らない、お気楽スタイルが、大好きです♡




夢も希望もないって、絶望的な感じがするけれど、わたしの日常はこんな感じです♡

ツイテル?結果、楽しくて、ツイテルー!