新潟市の居酒屋「旬魚酒菜【五郎】・越後一会【十郎】」コラム -40ページ目

新潟への帰郷日記 今治〜松山

帰郷の旅も三日目です。

今日は四国を時計と反対周りに高知まで行こうと思っています。

今治といえば 鳴門海峡、関門海峡、と並ぶ来島海峡があり 日本の三大海流といわれています。

身のしまった魚介の宝庫 食べない訳にはいきません。(^∇^) ということで。

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昨晩わたってきた しまなみ海道大橋ながめながら 


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海面とほぼ 同じ高さの お食事所 伊予水軍へ

注文したのはこれ


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うーーん 見た事がありません。  こち系の魚でしょうか??

店員さんの強力なプッシュにまけて なごやふぐのお刺身も頼んでしまいました。


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薄造りですね。さすがに身が締まってます。 四国は柑橘類が新鮮なのか 添えてあるポン酢がとっても美味しい。
これは お取り寄せしなくては(^O^)

そして おまちかねの アコの登場です。

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釜飯にしました。

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いい感じです。

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頭のお吸い物がついてきます!!

出汁がいい感じです。 こちっていうか 金頭(カナガシラ)系の上品なあじ。
新潟だったら カナガシラでやったらいいかも。 かなり おいしく できるとおもいます(^-^)/

そして 今治を後にし目指すは 愛媛の八幡浜!!

ここに 激うまの じゃこ天があるらしいです!! 

それをもとめて

行ってきまーす!!

新潟への帰郷の旅 お城編

実は私 最近 お城にハマっていまして。

九州在住中にも 熊本城 小倉城 唐津城など 時間を見つけては出かけてました。

今回の帰郷に際して 最寄りの城には立ち寄りたいと思っていました。

まずは その第1弾



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この林を抜けると どどーーん


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来たー 広島城!!

1589年、毛利元就の孫 輝元が築城した 輪郭式平城です。
別名を鯉城といいます。 広島カープ (カープは英語で鯉(コイ))の由来もここからだそうです。
原爆で倒壊して 現在立っているのは 復元された物です。
城の周りのお堀がとても 大きくて 素晴しい お城です!!

その後 広島を後にし 車を走らせ

しまなみ海道を通り 四国 愛媛に 入りました。

今治といえば そう!!





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今治城です!!  マニアックだし  はしごだし!!




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築城の天才、藤堂高虎公の銅像です。 かっこいいー。

「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」彼の言葉です。

僕も 福岡で三度 お店を変えました。 その度に ここはいいとか これはよくないとか
色々と気づかされたものです。 すべてを前向きにとらえ 前進あるのみです!!


新潟への帰郷の旅 広島後編

世界遺産の宮島 厳島神社を後にして 再び 広島市内に戻ります。

この地を訪れたのならば 避けては通れない 悲劇の象徴へと

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正直言って ここに来るまでは 教科書とテレビの中の物だと思っていました。
しかし 爆撃のあとは この地にしっかりと 残っています。
この建物の600m 上空で原子爆弾は爆発したそうです。 
まわりの建物や人々はほとんどがふっとびました。 ただ この建物だけは 爆風が横からではなく
真上から来た為につぶれる事なく 形をとどめました。

ここに立つと どうしようもない 憤りを覚えます。

言葉にはなりませんでした。

平和な時間がつづくことは とてもいいことです。

そのおかげで 僕たちは 豊かに暮らしていけるのですから。

ただ 忘れてはいけないことが この地にはありました。