<日高競馬場>昭和19年10月24日撮影。91735-C1-7
日高競馬場では、昭和3年9月26日から13年秋季開催まで、12回延べ36日の地方競馬規則に基づく競馬が開催された。軍馬資源保護法に基づく競馬場には指定されず、廃止。
馬場の1周は1600m。現在地は、新ひだか町静内末広町2丁目、静内木場町1丁目。この競馬場の左上のコーナーは、静内末広町2丁目と静内山手町5丁目の境及び山手小学校との境の道路に、その形状を残している。
<八雲競馬場>昭和19年10月26日撮影。912G48-C2-50
八雲競馬場では、昭和6年6月7日から13年秋季開催まで、13回延べ39日の地方競馬規則に基づく競馬が開催された。軍馬資源保護法に基づく競馬場には指定されず、廃止。
馬場の1周は1000m。現在地は、八雲町東雲町の八雲中学校周辺。
<函館競馬場>
函館競馬は、明治8年に市内の直線道路で行われたのが始まりとある。この競馬は明治17年まで行われたが、他方、明治15年に別地に環状馬場を建設して、翌16年から競馬を行ったとある。一方、この環状馬場の競馬運営団体とは別の団体も、明治21,22年に競馬を実施(実施場所については、地方競馬史に記載がない。)し、両者は明治23年に合併したとある。
明治29年に至り、現在の函館競馬場の所在地である駒場町に移転した。
函館競馬場では、昭和30年から地方競馬も開催されていた。
・昭和19年10月26日撮影。912J51-C3-98
最も古い空中写真として、この画像を載せたが、同時期のものとしては、USA-R250-HN-56
が鮮明である。それにしても、襷の障害コースの延長障害コースが1~2コーナーの外にあったとは知らなかった。
・昭和38年5月9日撮影。MHO637X-C3-6
函館競馬場の空中写真は、昭和23年撮影の後は、昭和38年まで無い。この間に障害コースが撤去された。その後は、現在まで、大きな馬場の改修は無いようである。若干コーナーを緩くしたようにも見られるが。
【追記】 現函館競馬場移転前の旧函館競馬場は海岸町にあった。1周440:間
<その他の競馬場>
地方競馬史第1巻には、地方競馬規則に基づく北海道の競馬場として、以上の他に次の競馬場が記載されている。しかし、空中写真から、その馬場の痕跡を認めることが出来なかった。
・江別競馬場 昭和3年6月29日~13年秋季開催 当時札幌郡江別町 1周1200m
・今金競馬場 昭和7年6月3日~同年秋季開催の延べ2回6日間のみ 当時瀬棚郡利別村大字今金 1周1200m
・苫小牧競馬場 昭和3年9月10日~13年秋季開催 当時勇払郡苫小牧町字旭町 1周1610m
以上で、北海道の昔の競馬場の紹介を終える。
ところで、これまで、ただ漫然と地方競馬史の記載順に従って、北から紹介してきたが、荒尾競馬を応援する身としては、九州を先にすべきではないかと思った。そこで、次回からは逆に北上していくこととする。
九州の一番南は沖縄県であるが、沖縄県には競馬場が存在しなかった。次回は鹿児島県の三つの競馬場を紹介する。
【追記】 門別競馬場を漏らしてしまった。申し訳ない。
・平成16年8月26日撮影。MHO200412X-C8-4
門別競馬場は、平成9年12月8日竣工である。門別競馬場は昭和57年に開設されたトレセンを競馬場に改造したものである。門別競馬場の開設に伴い、函館競馬場の地方競馬場としての指定は取り消された。
【追記2】 「大井競馬のあゆみ」によれば、地方競馬規則に基づき指定された「地方競馬場」は全国で116箇所。117番目は沖縄県に認められていたが、開設に至らなかったという。
【追記3】 江別競馬場については、地方競馬規則に基づく競馬の前史がある。江別競馬の発端は、明治18年に学校通りの直線500mで祭典競馬が行われ、これが4年間続いたという。明治23年には江別駅東方に500mの円形馬場を新設して競馬を継続し、明治43年にいたり、町内の飛鳥山に600mの周回馬場を建設して移転したという。この飛鳥山では昭和2年まで春秋2回、各2日間の競馬を行ったという。
【追記4】 上記の他に、北海道には競馬規程に基づく次の3つの競馬場があった。これらの競馬場は地方競馬規則の制定に伴い、廃止された。
栗沢競馬場 - 岩見沢市栗沢町。開設年不詳。
美唄競馬場 - 美唄市。開設年不詳。
深川競馬場 - 深川市。開設年不詳。