テロリストの最期 | ローライダー

 どうもこんにちは。

 もう2月ですねぇ~ww。

 僕のバイクも入院して2ヶ月が経とうとしてますわw。

 (`・ω・´)

 まぁそれでも、やっとのことでイタリアからパーツが入荷してきたていうので、あともう少しの辛抱ですかね。

 

 ってことで、今回も特に話題が無いので、時事問題について語っていこうかな。

 ニュースになっていたからみなさんも知っていると思いますが、約50年前の連続企業爆破事件の容疑者

 桐島 聡 (70歳)

が1月25日に入院している病院で見つかったという。

 

 この桐島という男は、偽名を使って50年もの間逃げ続けていたそうな。

 上のポスターとか、よく交番や駅、お風呂屋さんなどの掲示板とか貼ってあるのを目にしていた人も多いんじゃないかと思います。

 彼が所属していた

 東アジア反日武装戦線

という新左翼の過激派組織(いわゆる極左暴力集団)で、1974年~75年にかけて10件以上の連続爆破事件を起こしています。

 標的となったのは、当時アジアに進出していた大手ゼネコンなどで、中でも三菱重工ビルなどを狙った事件では、8名が亡くなり、380名が重軽傷を負っています。

 

 で、東アジア反日武装戦線の主要メンバー9人のうち、既に8人は逮捕されていて、当時のメンバーは収監中に亡くなった者、いまだに服役中の者、超法規的措置で国外に逃れた者もいる。

 超法規的措置については、8年前の当ブログでも触れていましたね。

 

  この事件は、日本赤軍が日航機をハイジャックして、乗客を人質にとり、収監中のテロリスト11人の釈放を要求したっていう事件ね。

 この時に釈放されたテロリストの中に、東アジア反日武装戦線のメンバーである佐々木規夫と大道寺あや子、浴田由紀子が含まれていた。

 このうち佐々木と大道寺は、いまだに逃亡中で国際手配になっているね。

 

 んで、今回見つかったという桐島聡は、メンバーの中でただ一人だけ一度も逮捕されずに逃亡を続けていたんだそうな。

 それにしても、50年だよ。

 半世紀もの間、名前を偽り、身を隠して逃亡生活を続けてきたんだってさ。

 ある意味感心するわ。

 その間、偽名だから健康保険にも入れず、年金ももらえず、家族も持てず、事件を後悔しながら警察に怯えて、目立たず隠れて暮らしていたという。

 警察からの任意の取り調べでは、犯人しか知りえないことも語っていたそうだが、その中で最期に死ぬときは偽名じゃなくて桐島聡として死にたいとも語っていたんだそうです。

 彼の言う通り、死ぬ前に本名を名乗って1月29日に末期がんのため亡くなったそうな。

 まだ公式には、この男が桐島本人だという発表はないが、ほぼ間違いないだろう。

 

 でもさ、こんな人生ってどうなんだろうか?

 サッサと捕まっていれば、数十年は普通の暮らしができたんだろうか。

 遺族への謝罪もなく、勝手に野垂れ死んだ感じかな。

 同情はしないけど、悲しい人生だったね。