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働くママの年子育児格闘記と趣味による雑談

bigbang生活にピリオドを打ち、兼業主婦となったみみの年子育児&自分の趣味(バスケ、アニメ、料理,最近XJapanが再燃中etc)を自分勝手に書いていきますー。たまに旦那登場w

季節は秋ですね。まださんましか食べてないよ。秋の味覚を満喫してないなー。
とそんなことよりだいぶまた前回のブログから空いてしまいました。すみません。。
アメンバーから抹消されてるんじゃないかとアメンバさんのブログを覗いております| 壁 |д・)


更新できなかった理由はただ一つ。忙しかった!!w


なんかここのところずーーーーーっと病院通い続きで、正直今私が調子悪いです。
扁桃腺よ腫れないでおくれ。。

まず私の父ですが、ICU20日目を過ぎまして、呼吸状態が安定しないということで気管切開をしました。
また穴がふさがるよう、後は父の生命力を信じるのみ。


衝撃的な事実も知りました。
父の知り合いの人が働いている社長さんのお友達に、うちの父が入院している病院のドクターがいるそうで。
その社長さんが「うちの知り合いで最近、君の病院で心臓の手術したらしい。かなりの大手術だったらしいよ」
といったら、
「あ、○○に住んでいる▽△さん?ほんとに心外でも最近じゃ珍しい大手術だったんだよ」と。

まず一つ、患者情報ダダ漏れΣ(・ω・ノ)ノ!
これはオフレコで。あ、ちなみにこのドクターは心外ではない違う科の先生です。

そして、
「本当に大変だったらしい。実は術中一回亡くなってる。そして手術中に1時間スタッフ集めてミーティングしたそうです。おしっこでなければもうだめだったよ。あそこまで回復して、▽△さんってほんと不思議な人だ。」
と言ったそうです。

1回死んでる?どういうことかしら。人工心肺使っているから確かに死んでるけどさ。それを外すときに戻ってこなかったということ?

と、いろいろありました。
現在もまだICUですが、最初に比べるとせん妄状態も抜けてきていて意識もしっかりしてきたようです。

ただ熱が出ているということで感染していないか、検査するそうです。
これがなにもなく終われば。。



そして、義母も先週入院・手術でした。
カテーテル手術だったそうですが、6時間の手術でした。
3日の入院で退院できるなんて今の医療は素晴らしい!カテ万歳!


そして、下チーが先々週保育園からの呼び出しで、嘔吐を繰り返してるから迎えこいと。
ずっと泣き続けるので聞くと「お耳」と。
痛いところがわかる単語でよかった。。

ということで耳鼻科→中耳炎でした。


目まぐるしい。連休なんて看病で終了。
主婦に休みを。。


なんて弱音を吐いている場合じゃないんですがね。

生きているだけで「感謝」。
本当に思う。


父を見ていて特に感じました。
一緒に暮らしたことなんて、単身赴任でほぼなかったけど、あなたなしでは今の私はいなかった。
ちゃんと見えない背中を見ていましたよ。


悪いところは全部直して、前と同じお父さんで年末はきっと会える!!と信じているのです。


家族全員が笑顔で暮らせることが一番の幸せ。
本当は「健康に」と入れたいところだけど、「生きている」だけで本当は奇跡なんですよね。

木曜日から台風を引き連れ仙台に帰省してましたみみです。おはようございます。
すごい雨だった。ほんとに。そしてその中を傘さして歩いてた私。母はそんなにすごい雨とは知らず
「自分で帰って来い!」と。鬼です(*_*)


じつは先週の火曜日に前から予定していた父の大動脈瘤、大動脈解離の手術がありました。
私は離れているところに住んでるため、母は「あんたは来ないでいいから!」と頑なに拒み続けていたため、静岡から手術の成功を祈っていました。

長い手術と聞いていたものの、火曜日の朝9時から始まり、その日の夜の12時を超えてもまだ連絡は来ず。朝携帯を見ると母からメール。
「まだ終わりません」と。

結局終了したのは翌日の朝8時。ほぼ24時間の手術。
血が止まらず、止血に6時間かかったのが手術が伸びた原因でした。

手術の日は母、妹、青森の弟、岩手の弟と私以外がみんな病院に集まっていました。
手術自体は成功。

しかし木曜の朝、母からメールで
「出血止まらず。再手術に今から入ります。」と。

再手術のリスクはうちの病院の心外の先生から聞いていたため「これは危ない」と感じ、仕事を午前中で切り上げ、実家に連絡せず突撃で病院に向かいました。(その間子供は旦那と義実家にお願いしました)


家族控室に案内され、ドアを開けると母がおり、
「なに?!来たの!本当に?びっくりしたわー!」と本当にびっくりしてました。
その時、母は昔自分の母親が倒れたとき、全く同じことをしたらしくデジャブだわと言ってましたw

母に言えば「来ないでいい」と言われることはわかってたので、これはある意味成功でした。
「正直弟たちも帰り、妹と二人で不安だったから助かったよ」と言ってくれました。


その後夕方の面会にいきました。
人工呼吸器につながれ、たくさんの点滴やドレーンにつながれ浮腫んで冷たくなっている父の姿。
まるで死人のようでした。
鎮静をかけられていましたが、母が
「○○が来たよお父さん」と言ったら、うすーく目を開け、口をもごもごさせました。

こういう時なんて言葉をかけていいのか正直わかりませんでした。
頑張ってる人に頑張っても違う気がして。

出血は私がきて2日後くらいに落ち着きましたが、おしっこが出ないため透析が始まりました。
そして肺の機能も悪く人工呼吸器から離脱できず、今週気管切開をするかの決断をしなければなりません。

気管切開してしまうともう父の声は聞けなくなります。
正直辛い。避けたい。

命が助かり万々歳なのに、欲が出てきちゃいます。危険だと助かってほしい。助かれば話せるようになってほしいと。
命には代えられないけどそうならずに済むよう、父の自発呼吸が開始するよう祈るばかりです。


そして昨日が滞在最終日。
実は同じICUで気になる患者さんがいました。

生後半年から1歳前になるだろう赤ちゃん。

人工呼吸器につながれずっと目を閉じていました。
ICUに入ると正面にその子がいて必ず目に入ってきました。
もう嫌でも目に入ってくる。すごく心配でした。


ICUは面会の時間が決まっているため、一斉に面会者が控室にきます。
その子のご両親とはなかなか会えませんでしたが、最終日お会いしました。

お話ししたこともないけど、本当に元気になってもらいたいと思ったので気持ちですが、お手紙と絵本をお渡ししました。

ご両親は喜んで下さり、でも私の涙腺は限界に達しボロボロ情けなく泣いてしまいました。
そのお子さんは「川崎病」だと教えてくれました。

お母様は、「明日にはICUを出れそうです」と。
本当によかったと思いました。自分のことのように嬉しかったです。

ICUの空気は独特で異様だけど、やはりみんな他人事ではなく、助かれば「よかった」と安堵し、昨日いた人がいなくなれば「どうしたのだろう」と興味本位ではなく、家族のような気持になります。

ついに父が一番のICUの古株になりました。
早く父の元気な姿が見たい。

「赤ちゃんがICU出れるって。よかったね。次はお父さんの番だよ。次会う時は長女やちー連れてくるから。お家で会おうね」
と約束してきました。父は目を開いてくれました。そしてありがとうと言いたげに口を大きく開いてくれました。


遠く離れていても心は寄り添って一緒に戦っている気がします。
とにかく全快を。


すごい暗く重く、まとまりのない文章になりました、すみません(>_<)
でも私は元気です!

昨日はテレビでyoshikiが見れてハッピーなみみです。おはようございます。
なかなかテレビに出ないので貴重な時間でした。

ちなみに子供たちを早く寝かそうと必死になってましたが、結局布団に入って1時間以上しても寝ず、断念して、一緒にテレビ鑑賞wどちらかというときゃりーさんの方がお好みのようです。


さて、金曜日に町からくる児童相談の方が保育園に来るということでちーの件についてお話してきました。
その先生はもともと看護師さんだったらしく、そこから福祉相談員(?)になり今は保育園や幼稚園を中心にちーのような子供がいる人の相談や園での対応を考えてくれるそうです。


なんとこの金曜日ちーにずっと付き添っていただき様子を見てくださってました。
淡い期待と大きな不安。


先生からの第一声
「とてもかわいらしく、そしてすごく利発なお子さんですよ」
と。
私バカだから「利発?」って思ったけど、とても賢いといわれました。
そして記憶力がいいと。


そんなこと思ったこともなかったので目からうろこでした。
と同時に嬉しかった。他人からちーの長所を聞くと私たち家族だけではなくちーのいいところを知ってくれる人がいることが嬉しい。


でもやはり「生きにくさ」を持っていると
人より「物」や「感覚」で行動するというところや、衝動性、こだわり等々。

これは支援センターでも言われたけど、周りの対応に尽きる。
衝動性がでない環境づくりをこちらがしていかなくてはいけないのです。

先生には「今の段階で病院での診断がついてもつかなくてもいいと思う。3か月ごとに様子を観察し、3歳を目安にその時に症状の改善が見れなければ受診するというのはどうでしょう」ということだった。
その時に症状が改善しなかったり、新たな症状がある場合は療育を勧められた(今の段階でもすすめられたけど)

この療育についてはかなり親御さんの意見が分かれるようで、先生も恐縮しながら提案していました。
私は療育について何の知識もないけど、ちーが困らないように生活できるようになるために必要ならば受けさせてあげたいと思っている。ただ場所遠いけど・・・(-。-;)

そして私は受けることに対して何も抵抗はないのですが、旦那は超ー否定的。「障碍者だ」と言わんばかり。ちーに向かって「施設に入れられちゃうんだね」とか言ってる始末。信じられない( ̄∩ ̄#

きっと旦那の両親も「大丈夫よー!必要ないから。私たちが代わりにみるわよ!」というでしょう。

でもこればかりは専門的医療の力を借りるしかないのではないかと思う。家族でリハビリといってもやはり身内だから言葉遣いや態度がきつくなったり、感情的になってしまうと思うからだ。それではリハビリにならない。


とにかく私たちにできることを考えなければ。。。