これまで述べた通り、彼らの言う「身を切る改革」というのは、最も肝心なところを勘違いした、単に国民が犠牲となるだけの「とんでも改革」なのです。
その「身を切る」として彼らが強く主張する「議員定数の削減」も、なにやら政治家が「職を犠牲にする」という印象操作のためのパフォーマンスに過ぎません。
だから、削減数には論理性がないのです。派手でありさえすれば良いのでしょう。当初維新は、衆議院比例代表で50議席削減を求めていました。
しかし結局、自民党との話し合いで、小選挙区25議席、比例代表20議席の計45議席削減を受け入れ、当初案と随分変わりましたが、そんなことはどうでもいいんです、あくまでパフォーマンスですから。いい加減なものです。
それで何が期待できるのか。
彼らによれば、直接的には「議員歳費の削減による歳出カット」、間接的には「新自由主義政策(行財政改革や緊縮財政)への官僚や国民の理解」ということです。
しかし、議員歳費の削減など予算の規模からすると誤差の範囲でしかありません。
後者については、2012年の結党時ならいざ知らず、新自由主義や財政破綻論への疑念が広く国民に共有されつつある現在、多くの支持が得られるはずもありません。
定数を削減すれば、議員一人当たりの政治責任も大きくなりますが、ちゃんとその責任を果たせるのでしょうか。民意を十分吸い上げられるのでしょうか。所詮、ひとりの人間ができることが限られている以上、多くがいい加減なものになりかねません。
その一方で、議員一人当たりの権力が大きくなることから、政治家の勝手・都合が通り易くなり、彼らの政治活動がどんどん民意から離れることが懸念されます。
「勘違い政党」日本維新の会。勘違いではなく、すべて分かった上で、「反日行為」としてやっているならわからないことはありません。中国やロシアと近いといわれる政党ですからね。
そうした色眼鏡で見ると、今回知事と市長がともに辞任して、これまで二度も否決した民意を無視し、「勝つまでジャンケン」の乗りで「大阪都構想」をやろうとしているのもかなり怪しげなものに映ります。
カジノ利権のために、軟弱地盤、土壌汚染、悪いアクセスで「不適」とされても夢洲会場での万博開催を推し進めたように…。
それに、都構想でなくてもその大きな狙いであった「二重行政の弊害」とやらは、彼らが進めてきた「府市連携」により概ね解消しているのです。ここ15年ほどで自らそれを実証してしまいました。「府市統合」など必要なかったのです。
また、維新が提唱する「大阪を副首都にする構想(副首都構想)」を、大阪都構想実現の理由にもしているようですが、そもそも大阪自体が「南海トラフ巨大地震」の脅威に晒されており、副首都構想の主目的たる「災害時の首都機能バックアップ」など大阪に期待してはいけないのです。へたすりゃ共倒れです。
したがって、今更、都構想を出してくることが意味不明であり、やはりなんらかの利権への執着以外答えはなさそうです。
高市総理が今般解散総選挙に打って出るのも、高い支持率を背景に維新との連立ではなく「自民党一党」しかも「保守派中心」に政治の安定性の確保し、自身が目指す政策実現に邁進したいからでしょう。
今の予算案は、石破氏が立てたものですし、勘違いにしろ反日にしろ、維新との連立は足を引っ張られるだけですしね。
石破(自民内反日勢力)を切り、維新を切る。そのための解散総選挙。
納得の判断だと思います。