(私)「『サン・フェリペ号事件』と『日本二十六聖人殉教事件』。一般的にはこのように解説されている。
1596年9月、フィリピンのマニラからメキシコへ向かっていたスペイン船サン=フェリペ号が、嵐で破損し、土佐の浦戸に漂着した。船員に事情聴取を行うと、『スペインは征服しようとする国に対し、まず宣教師を送り込んで布教し、人心を掌握した後に軍隊を派遣して領土を征服してきた』ということを語ったというんや。
これを聞いた秀吉は、カンカンになり、この年の末に京都や大坂に潜伏していたキリスト教の修道士や日本人信者らをひっ捕まえて、長崎へと護送。1597年2月に長崎の西坂の丘で磔の刑に処した。どうして長崎かというと、長崎は布教の中心地であり、『みせしめ』の効果を狙ったとされている。これがふたつの事件の通説というわけや」
(妻)「その通説がおかしいというのは、そもそもこの1596年は、1592年の文禄の役の後だということね。秀吉はスペインの魂胆を見抜いて朝鮮出兵を起こしたのに、今頃その魂胆を聞かされても激怒する理由にはならないよね」
「そうその通り。それに1580年にはポルトガルがスペインに併合されている。当然秀吉はそのことは知っていたはずや。即ち、スペインの魂胆は、ポルトガルの魂胆でもあるはずや。しかし処刑されたのは、フランシスコ会の連中だけというのは解せんやろ」
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「え、そうなの。磔にされたのは、フランシスコ会だけやったんや」
「20人は日本人やけど、残りは皆フランシスコ会の司祭や修道士やった」
「で、結局真相はどういうことなの」
「秀吉が怒ったのは、フランシスコ会宣教師が伴天連追放令があるにもかかわらず、それを無視して大々的に布教活動をしていること。そして、フランシスコ会の真の目的は、『スペインが日本侵攻に必要な測量を行うことにある』と知らされたからや」
「それ誰が知らせたん?」
「秀吉に告げ口したのはイエズス会の人間や」
「なるほど、両者は縄張り争いをやってると言ってたよね。ということは」
「つまり真相はこういうことや。伴天連追放令が出たことにより、日本でのキリスト教布教を独占していたイエズス会も、その活動を控えざるをえなくなった。
それなのに、後からやってきたフランシスコ会の連中は、追放令を無視して大ぴらに布教活動を始めよった。京都や大阪にまで教会を建てる始末や。面白くないどころか、全く持って許しがたい。
で彼らを貶める為にあること無いこと秀吉に告げよったんや。それを聞いた秀吉が激怒し、彼らを捕縛した。もっともいきなり死刑を命じたのではなく、伴天連追放令に則り『国外退去』や『改宗』を迫ったようや。ところがそこにまたイエズス会が口を挟み、彼らを磔刑にして欲しいと申し出たそうや」
「とことんやるねー」
「通説は、そんな真相を知られたく無い彼らが作った創作話と言われている。サンフェリペ号の漂着は事実やけど、そこで語られている船員の話などは、日本側の記録に一切ないんや。すべてイエズス会の主張がもとになっているらしい」
「つまり、すべてはフランシスコ会憎し、やつらを日本から追い出したいイエズス会が仕組んだ工作活動やったってことか」
「この事件を通じて秀吉がキリスト教迫害のやり玉に挙げられることがあるけど、実はキリスト教修道会同士の縄張り争いにむしろ秀吉が利用されたっちゅうことや。通説はそれを糊塗するための出鱈目話ってことやな」
次回に続きます。