(妻)「宮城県の水道事業の民営化は、デフレという経済状況で、なおかつライフラインが対象だったのでアウトって感じやけど、インフレで、対象がライフラインやなかったら民営化はOKということかな。」
(私)「そういうことやな。経済は需給やから、需要が供給を大きく上回り、インフレになっているような場合、つまり景気が過熱しているような場合は、供給制約になっている規制を緩めたりして需給のバランスを回復してやることが必要や。
その意味で各種安全保障や治安、福祉など国民の暮らしの安全、安心に差しさわりがないなら、規制緩和、民営化はOKということになる。」
「なるほど、その場合は新自由主義は受け入れられるってことか。」
「それはまた違うねん。新自由主義ってもんは、その考え方自体に問題がある。」
「どういうこと?」
「新自由主義というのは、とにかく市場機能を最大限生かすために、それを邪魔するものを限りなく減らせということや。」
「つまり?」
「新自由主義を唱える者は、市場と言うのは自由でさえあれば、いつも均衡するという。価格が自由に上下することで、必ず需給がバランスするというわけや。
そやけど人が変に介入すると均衡せず、つまり不況になる、こういう理屈や。それで規制や積極財政などの政府の介入を嫌うわけや。」
「ふむふむ。」
「でも、これおかしいと思えへんか。」
「どこが?」
「これは、『価格さえ調整されれば、必ず売れる。』という前提のもとに成り立つ理屈や。」
「なるほど、実際には、価格がどうあれ全然売れないものもあるよね。」
「金利を下げれば必ず貸出しが伸びるなんて言うのも同じや。マイナス金利政策までやっても貸出しは伸びなかった。そりゃそうや、借りて投資しても儲けられるような経済環境やなかったんやから、誰も借りひん。」
「異次元緩和は、意味はなかったってことか。」
「日銀が国債を大量購入して政府の負債を大きく減らしたという効果はあったけどな。
いずれにしろ新自由主義、もっと言えばその元になっている主流派の経済学では、『作ったら売れる』という考えが大前提になってる。そんなわけないやろってことや。」
「それが正しいなら、不況なんてあらへんってことやね。」
「そう、その通り。主流派経済学では、市場がフルに機能していれば需給はいつも安定する。つまり作ったら売れる。失業も不況もない。そういう話や。
経済が成長するには、ひとが商品やサービスをどんどん作ったらいいとうことになる。これが主流派経済学、いわゆるサプライサイド(供給側)経済学の主張や。」
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「そんなあほな。実際には、モノやサービスが売れないから不況になってるやん。」
「彼らの理屈は、政府が市場に変に介入するから、市場が十分に機能できていない。だからモノやサービスが売れず、失業が発生し、不況になる。そういうふうに主張する。」
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「あのね、たとえタダでも要らんもんは要らんねん。水や食料といった生死に直結するもの以外は。」
「そういうことや。この現実離れした考えが、新自由主義の根幹にある。
そして自由化の深化は、社会を弱肉強食化させる。無差別級しかない世界、力の強いものが正義って世界や。敗者、弱者は自己責任で放置。福祉なんて思想の無い世界。そんなものを入れたら市場が均衡せえへんからや。だから新自由主義を進めれば必ず貧富の差が拡大する。」
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「無茶苦茶やな。」
「これは強者たる巨大グローバル企業にとっては、物凄く都合のいい話や。様々な事業の参入障壁が取り除かれ、なんでもやりたい放題になるからや。」
「なるほどね。」
「新自由主義は、経済の需給関係、好不況関係なしに常に自由化を進めようとするわけやから、それはあかんと。
供給過多のデフレ期は、積極財政で需要拡大を図りつつ、一方で規制強化で供給を抑制し、需給バランスを整える。これが必要や。
そんな時に相変わらず自由化、規制緩和なんかやってたら、いつまでもデフレが終われへん。日本はそれをやってしもたということや。」
「自由化も必要な時とそうでない時がある。」
「そういうこと。自由化(規制緩和、民営化)も時と場合で使いわけんと、いつも自由化一点張りの主義ではあかんということや。」