親子喧嘩はした方がいいのか、しない方がいいのか
昔はしない方がいいと思ってた
けど今は絶対にした方がいいと思う
親に逆らうということは子から親に喧嘩をふっかけるということ
親は自己主張してくる子を『親に衣食住を依存しているくせに反抗的な態度をとりやがって』と煩わしく思うかもしれないが
そもそも子が親を慕うのは子供の脳の構造(成長過程)でのボーナスタイムでしかなく永遠に続くものではない
そしていつかは子が自己主張しなければ親は子という他人について正しく認識(理解)するタイミングを逃し続ける
そして子が未熟ながらも自己主張するということは子が自分の言動に責任を持とうとしているということだから
長期的な目で見ればいいことでしかなく親の負担は軽くなる一方だと思う
(子が小さい頃は全てを世話した親からしたら、親側の負担が軽くなるのを受け入れるのも1つの試練なのかもしれないが)
また親と話し合いにならないということはお互いに相手の助けがなくとも私は私で生きていく、
あなたとはいつ疎遠になったり縁が切れたような状態になっても
それはそれで致し方なしという覚悟の現れであり
それが相手からの自立でないなら何が自立なのだろうか、とすら思う
親の役目は子を自立させること
それができるなら喧嘩上等じゃないか
親子仲最悪でも、子が親に何年も何十年も(時には死ぬまで)会わなくとも
子が自立したならもう十分じゃないかと思う
基本的に親は何かあれば子が助けてくれるとは思わない方がいいし
子も親の助けは無いものと思った方がいい
肌感覚的には今の時代、たとえ身内であっても善意で無料で他人を助けられるのは基本数秒、よくて数分(5分以内)が限度ではないかと思う
まぁ普段から保険として、相手が恐縮するほど相手に何かを与えて貸しを作りまくってる人はその限りではないかもしれないけれど
しかし与え(助け)過ぎは相手の自由な選択を奪う一面も確実にあるので、相手の負担にならない程度を常に模索する必要がある
何かあった時、比較的気軽に話し合いや相談ができる人間関係を持っていることはいいことだけれど
話を持ち掛けられる側は自分の時間は割かれるし内容は面倒くさいしで
まぁ無料では聞きたくないだろうし、なんなら有料でも聞きたくないわっていうのが本音だと思う
仕事としてなら受ける、しかしボランティアでは受けられない、
頑張ってお試しで短時間や最初の一回だけはやってもいい
だけど二度目は必ず仕事として受ける、それが今の普通
貸し1とカウントして後日返却を期待しても余程誠実な人以外はたぶん何も返ってこない
だから仕事として受けるのが一番いい
そんなことを思った今日この頃です
訪問ありがとうございました
ではまた

