日々感じたこと、あれこれ -4ページ目

日々感じたこと、あれこれ

訪問ありがとうございます。
自分用に書いてる備忘録みたいなものです。
よろしくお願いします。

親子喧嘩はした方がいいのか、しない方がいいのか


昔はしない方がいいと思ってた


けど今は絶対にした方がいいと思う


親に逆らうということは子から親に喧嘩をふっかけるということ


親は自己主張してくる子を『親に衣食住を依存しているくせに反抗的な態度をとりやがって』と煩わしく思うかもしれないが


そもそも子が親を慕うのは子供の脳の構造(成長過程)でのボーナスタイムでしかなく永遠に続くものではない


そしていつかは子が自己主張しなければ親は子という他人について正しく認識(理解)するタイミングを逃し続ける


そして子が未熟ながらも自己主張するということは子が自分の言動に責任を持とうとしているということだから


長期的な目で見ればいいことでしかなく親の負担は軽くなる一方だと思う


(子が小さい頃は全てを世話した親からしたら、親側の負担が軽くなるのを受け入れるのも1つの試練なのかもしれないが)


また親と話し合いにならないということはお互いに相手の助けがなくとも私は私で生きていく、


あなたとはいつ疎遠になったり縁が切れたような状態になっても


それはそれで致し方なしという覚悟の現れであり


それが相手からの自立でないなら何が自立なのだろうか、とすら思う


親の役目は子を自立させること


それができるなら喧嘩上等じゃないか


親子仲最悪でも、子が親に何年も何十年も(時には死ぬまで)会わなくとも


子が自立したならもう十分じゃないかと思う


基本的に親は何かあれば子が助けてくれるとは思わない方がいいし


子も親の助けは無いものと思った方がいい


肌感覚的には今の時代、たとえ身内であっても善意で無料で他人を助けられるのは基本数秒、よくて数分(5分以内)が限度ではないかと思う


まぁ普段から保険として、相手が恐縮するほど相手に何かを与えて貸しを作りまくってる人はその限りではないかもしれないけれど


しかし与え(助け)過ぎは相手の自由な選択を奪う一面も確実にあるので、相手の負担にならない程度を常に模索する必要がある


何かあった時、比較的気軽に話し合いや相談ができる人間関係を持っていることはいいことだけれど


話を持ち掛けられる側は自分の時間は割かれるし内容は面倒くさいしで


まぁ無料では聞きたくないだろうし、なんなら有料でも聞きたくないわっていうのが本音だと思う


仕事としてなら受ける、しかしボランティアでは受けられない、


頑張ってお試しで短時間や最初の一回だけはやってもいい


だけど二度目は必ず仕事として受ける、それが今の普通


貸し1とカウントして後日返却を期待しても余程誠実な人以外はたぶん何も返ってこない


だから仕事として受けるのが一番いい


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

大変残念なことに争いをふっかけてくる人は、いつでもどこにでも必ずいるもので


そういう人は争うことで有形無形の何かを得る(相手から奪う)という目的がある


だから争いを好まない人は相手と戦わない(相手を黙らせ、かつ身を退かせる)という目的を達成する為に


あらゆる手段を用いて応戦せざるをえない


相手を黙らせるには力がいる


そして残念なことに争いをふっかけてくる人は話し合いにならないことが多い


(それでも話し合いを最後まで諦めないという気持ちは一応ある、あまり役に立ったことはないけれど)


だから黙らせるには物理的な力がいるのだ


見た目の可愛さや無力さや情や親の世間体やホルモンの影響を駆使して親や周りの大人に自分を守らせるなんて


赤子にしかできない捨て身の技だし、ある意味最強であり最弱の極みだ


そんな幼少期を乗り越え運良くそこまで病むこともなく大人にまでなれたなら、


そこからは体力をつけ更に学び金になるスキルを身に付け年収を上げ、あらゆる力をつけること向上させることに注力すべきだと思う


本当は学生の頃からその努力ができたら一番いいのだけれど


現実はなかなか思うようにいかないことも多い


それでも私は自衛のために戦い続けるだろう


他人に際限なく奪われ続けた先にあるものは抜け殻のような自分でしかなく


そこからまた這い上がるのは時間とエネルギーをかなり消耗する


もし選べるなら落ちる回数は少ない方が絶対にいい


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた



久しぶりに高い所に登ったら

思いの外、良かった

思わず窓に張り付いて『おぉ~、スゲー』と

独り言を言ってしまうくらいには良かった

どうやら私は高い所が好きらしい

そんなことを思った今日この頃です

訪問ありがとうございました

ではまた

今思えば、親という生き物には期待してはいけないことがある


ということを、子供の頃の自分はよくわかっていなかった


例えば、子の苦悩を知ってほしい、私の話を聞いてほしい、私を見ててほしい、私を理解してほしい、私の味方となり私の抱える問題に一緒に立ち向かってほしい、などである


親は物分りの悪い私に長い年月をかけて、何度も何度も何度も何度もことある毎に


『親に期待してはいけないこと』とはどんなことかを言葉ではなく態度で教えてくれた


私と親のどちらが先に折れるかと思っていたが


先に折れたのは私の方だった


親の希望通り、私は親に何かを期待することをやめた


私から親に助けを求めることは余程の理由がない限りないだろう


助けを求めて逆に苦しめられるのは目に見えている


親の目的はほぼ達成され、さぞかし親は安堵したに違いない


これで子の問題に親が巻き込まれる可能性は0にはならなくともかなり減っただろう


今はその可能性を完全に0にできないか色々調べている最中といったところ


それでも親は取って付けたように『困ったことがあれば言え』と言う


どんな思考をすればそのような支離滅裂な言動になるのか私にはもう理解できない


親は私の味方ではない


いや、正確には子に問題がない時は味方


子に問題がある時は敵


子の困り事に対して子の意見はろくに聞かず


『あなたが悪い』『あなたに問題がある』『あなたが謝るべきであり、行動を改めるべきは相手ではなくあなた』


の一点張り


何か問題が起きた時、どちらか一方が100%悪い状況なんてそうそうないはずなのに


親は絶対にそのことを認めない


もう話にならないのだ


親なのに話し合いができない


両親揃って話にならない


これが我が親か


うちの親は世間一般に周知されている親像と随分かけ離れているらしい


そのことを本当に理解するのに時間をかけすぎてしまった


きっと親側としては子育てにもっと夢をみていたのだと思うが


私は全く親の望むようには育たなかった


親からしたら子ガチャ大失敗


こんな結果になるとわかっていたら産まなかったのに、といったところだろう


残念だが仕方ない


そう、仕方ないのだ


お互いに


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

私には嫌だ嫌だと思いながらも長年逆らえない人がいました


だけどある時期を堺に相手の言いなりにならない自分になってきたのです


その時期に私の身に何が起きたかというと


おそらくは加齢と運動不足による体力の低下( ̄▽ ̄;)


冗談抜きで自分の為に動く体力も足りてないくらいなのに


仕事以外で自分以外の誰かの為に動く体力も精神力も1ミリもない


本当に無理だからやむを得ず断ってる


できるならとっくにやってる


という状態にわりとガチでなりまして(汗)


いつの頃からか仕事する体力を得る(作る)為に貴重な休日は


人と会う(関わる)より自分の体力の回復と温存が最優先事項なりました


今はプライベートで『自分の為に時間を割け』と言ってくる相手にはほぼ例外なく


たとえ家族であろうとも、余程の緊急事態でない限り


『今の私にそんな体力及び精神力はございません』を遠回しにお伝えし丁重にお断りしております


お陰様でちょっとやそっと自分が得するような提案をされたくらいでは心は揺れなくなりました(笑)


我が身の体力を守る方が全然大事


体力低下がこれ程物事の優先度を変えるとは自分でもびっくりです


まぁ、ここまでの状況になるまで自分を優先できないのも大いに問題ではあるのですが。。。


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

先日、図書館で借りた本に


迷った時は


自分の為にいいと思うことをして下さい


自分の為になると思う方を選んで下さい


その選択(行動)は巡りめぐって必ず自分だけでなく他の人達の為にもなる


みたいなことが書かれていました


これ、自分にとって楽な方を選んで下さい


とか


やりたくないことはやらなくていいですよ


っていうような甘ったるい話では全くなく


自分の為になることは大概


どちらかというとしんどいし面倒だし現実なんか見ずにずっと夢を見ていたいし


できれば何も知りたくないし何もやりたくない


だけどやれば間違いなく自分の為にはなるんだよなぁ


っていうことの方が多いと改めて気付いた今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

『大丈夫か』と問われた時


『大丈夫じゃない』と言えば、『そうかそうか、少なくともあなたにとってはそのように感じる状況なのだね』


と理解を示してくれて笑顔で快く力を貸してもらえる関係はなんと有難いことか


『大丈夫です』という回答は素晴らしいけれど


『大丈夫じゃないです』も正直でよろしい(笑)


と私は思う


他人にとっては大丈夫でも自分にとっては大丈夫ではないならちゃんと『大丈夫じゃない』と言うべきで


それに対して何を思い何を言い何をするかは相手の課題であるように思う


大丈夫じゃないのに大丈夫と嘘をつくのは単発はできても自分を犠牲にすることなしに継続することはほぼ確実にできない


常に『大丈夫』という答えしか聞きたくないという人は余裕がない人なので、可能であればできるだけ離れた方がいいし関わらない方がいい


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

世間(や政府)は『もしも自分に何か困ったことが起きたら私達には頼らず家族間で力を合わせて何とかして下さい』と非言語的に言ってくる


しかし家族は『もしもあなたに何か困ったことが起きても私達には頼らず自力で何とかして下さい』と非言語的に言ってくる


今の若い人には自分が本当に困った時に頼れる先がない人が増えているみたいなことがニュースになっていたが、そりゃそうだろうと思う


自分が本当に困った時というのは大概親族の立ち会いや協力やサインや緊急連絡先や保証人になってもらう等が必要(余程の理由がない限り他人ではダメ)になり、


その親族が『あなたの困り事を私達は引き受けたくない(そんな面倒事に自分の貴重な時間を割きたくない)』と言っているのだから、もう行政に頼るしかないのに


その行政は『(今まさに困っている人の自尊心をボロボロにしてでも)家族の間で何とかして下さい』と言ってくるのだから、もうこの板挟みから逃れるには


自力でできるところまでは頑張ってそれでも無理なら全てを諦めてあらゆる屈辱を受け入れて生きるか(まぁ、そうならないよう殆どの人は頑張ってると思うのですが)


間違いなく難航するだろうが家族とは会話が成立しないことを行政側に理解させる努力を続けて


何とか家族を介入させず自分と行政側の話し合いだけで物事を進められるようにするかしかないのかなーという気がしている


まぁ、あまり現実的ではないのだろうが


行政側の税金を安易に使いたくないという事情もわからなくはないんですけどね


いつの頃からか家族は困った時に頼っていい存在ではなくなったし自分の味方でもなくなってしまった


それを自業自得だと言われるとそれは違うだろと思わずにはいられない


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

正義とは何か?


自分の中でしっくりくる答えがずっと見つからずだったのですが


最近『正義とは自衛である』みたいな考え方を発信してる人がいて


今のところこの考え方が私の中では一番矛盾がないような気がしている


自衛の為ならそりゃ手段選んでられないよね、と思う


あと自分が所属する集団の多くが望むならそれも正義になる


そして人は自衛できる範囲をもっと広げたいと思うようにできている


自衛を否定するなら自分のあらゆる不利な状況を受け入れ


最悪死もやむなしと自分が決めたということ


そりゃできる限りの抵抗(自衛)をするでしょうよ


相手が話ができる人ならまだいい


だけど話にならない人も結構な数いるのが現実


『話にならない』は自分の意見を意地でも通すための相手の作戦なので


そんな人をまともに相手してたら自分が疲弊してしまう


相手にいいように利用されるくらいなら自衛の為に動いた方がまだマシ


正義と正義が戦うなんて表現は


双方(もしくは片方が)は話し合いによる解決ができません、又はする気がありませんと


第三者に言っているようなものだ


本当にそれを正義と言っていいのか甚だ疑問である


言葉(話し合い)で解決できないなんて人に言語を与えた存在がもしいるのであれば


人類の歴史というものはさぞかしガッカリの連続だろう


正義は全く正義なんかじゃない


そんな綺麗なモノじゃないしカッコヨクもない


皆、少なくとも自分の身は守りたいし欲を言えば


もっとより多くのモノを守りたい(又は支配や管理をしたい)と思っているだけ


誰かにとっての正義は他の誰かにとっての悪なんて、むしろそれが普通


正義のミカタの存在が有難いのは自分にとってその方が都合がいい時だけ


何をやってもやらなくても批判する人はする


真逆の正義が存在する以上、全ての人の正義に同意することは無理なので


自分なりにできる限り対象について調べ理解を深める努力くらいはした上で


自分が良いと思ったことをやるしかない


そんなことを思った今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた

とあるコンビニでトンボ発見


久々に近くで見た気がする


かなり近付いても逃げない


せっかくなので記念撮影


優しい店員さんが気付いて逃がしてくれる可能性に期待してお店を後にしました


触るのは躊躇われたのだよ、スマン( ̄▽ ̄;)


そんな今日この頃です


訪問ありがとうございました


ではまた