老いの可能性
-老いて学べば、則ち死して朽ちず-
著者:野村克也
を、読みました✨
人生100年時代にとって、何を考え
どんな志しで生きてこられたのか興味をもって
手に取りました。
それは これからの私たちに、
いかなる可能性が秘めているのか、
またはどんな時間の使い方を
したらいいのかに繋がるかなと。
長いようで、短い生涯
充実した、もしくは意外と楽しんだよね。
って、思える人生で幕を引きたいと思うから。
ノムさんは、本当に野球の大好きな
方だったんですね❕
野球を通してこんなに様々な見解が
できるとは、読んでいてとても面白いです!
【誰もが生涯、現役である】
老年期に時間が有り余りすることがないという。
あまりに、もったいない
いままで後回しにして来たこと、
やりたかったことを今やればいい!
そのための時間だ。
人間は知れば知るほど、
いかに知らないことが多いのかに気づく。
知りたいという欲求は好奇心
それが生きるためのエネルギーやバイタリティを
生み出す源泉である。
「死は人生の終末ではない。
生涯の完成である。
希望は強い勇気であり、新たな意志である。」
マルティン・ルター
たとえどんな状況であれ、今日なるべきことを
淡々とし続けることの大切さ。
誰がみていまいが、見ていようが構わない。
よい仕事をしていたら必ず
見てくれている人がいる。
だから一生懸命に仕事をしなさい。
仕事は、会社の仕事と限定する必要はない。
日々の雑事でも構わない。
どんなことをするにしろ、
ものごとは上達するためには、
基礎や基本をおろそかにしていたのでは
うまくいかない。
とくに、基礎が大事である。
基本とは、技術的なものである。
基礎とは、それを可能ならしめる
土台づくりである。
その土台ができていなければ、
どんな技術も習得できない。
さらにいえば、基礎固めには
習慣化が不可欠だといったがそれはつまり、
続けようという意思の強さにかかってくる。
意思の強さに年齢など関係ないことは
いうまでもないだろう。
ピンチになったときに、若い人ほど
(なぜ、stay homeなのか理解せねば以前のような黙阿弥となってしまう。)
「いかに生きるか」それだけが問題である。


