尼泊尓・ネパールの親中政権が一夜で倒れ、カルキ元最高裁長官が暫定政権の首相に就いた。政変に至った大規模デモの背景には政治家の腐敗に加え、経済活動や就労機会がエリート層に偏っている事に対するZ世代の怒りや親中政権によるSNS規制もある⇒Z世代の怒りの抗議が爆発し、親中共の共産党政権が崩壊した!この政変の直前まで北京の閲兵式に出席していたK.P.シャルマ・オリ首相は辞任し、現在行方不明になった。
短期間での政権転覆は北京中南海に衝撃を与えた様だ!
オリ氏は尼泊尓共産党(統一マルクス・レーニン派)の創始者で長期に渡り親中路線をとり、西蔵人・チベットを弾圧し、
一帯一路協力を推進して来た。
中国問題の専門家は「尼泊尓は小国だが共産党が統治していた為、その一夜の崩壊は北京に多大な衝撃を与える」と指摘する。今回のデモ中、軍が中立を保ったことが政権崩壊を加速させたと分析し、人民解放軍も習近平の命令に従うかは不透明だと述べた。中国のSNSでは「次は中共の番だ」との声も出ている。
2001年6月1日に尼泊尓の首都
加德満都・カトマンズで発生した「尼泊尓王族殺害事件」は現在に至るまでその真相は不明なままであるが、当初から「王族殺害事件」の裏で中共が糸を引いているのではないか?との憶測が絶えなかった。この事件では国王を含めた10人の王族が他界している。また尼泊尓国内では「王政復古」を求める声が一部には上がっている。


