ロシアのウクライナ侵攻以前に、ウクライナでは北方領土を日本に返還するべきであるとのデモが行われた。尤もこのデモは日本の為だけのものではなく、北方領土を日本に返還し、クリミア半島をウクライナに返還すべきであるとの二本立てがセットになった内容であった。ソ連時代にソ連陣営に強制的に組み込まれていた国の人は自分たちもソ連や帝政ロシアの侵略に遭っているので、北方領土を日本に返還すべきとの考えを持っている人が多い様だ!

 

本日横浜は26℃まで気温が上昇既に三分の一程の人が半袖で歩いていました。旦那もいつも車中で聴いているCDを矢沢永吉から茅ヶ崎のサザンオールスターズ・厚木のTUBEに替えました。夏はやっぱり湘南サウンドです!

未だ夏にはなってないんですが、ここまで気温が上がると湘南地域は大渋滞でしょう!     続く

 

 

戦後、日本人60万人がシベリアに抑留されたが、ドイツ人は400万人がシベリア抑留された。他にもルーマニア人、スロバキア人、ハンガリー人などがシベリア抑留されていた。その為、ドイツ国内では戦後女性・子供・高齢者・障がい者が多数を占めていた時期があった⇒女性・子供・高齢者障がい者ばかりの所へソ連軍が侵攻⇒多数のドイツ人女性はソ連兵に強姦される⇒ソ連兵に強姦されたドイツ人女性の10%が妊娠させられた⇒ソ連兵に妊娠させられたドイツ人女性の大多数は中絶した⇒当時の中絶手術の記録がドイツの病院に残っている⇒ドイツの公文書にはソ連兵によるドイツ人女性の強姦事件は記されていない⇒だが、ドイツの各家庭ではソ連兵によるドイツ人女性の強姦事件が語り継がれている⇒北海道がソ連軍に上陸されていたら、北海道でも同じ事が起こっていたであろう、そしてやがては本州にもソ連軍上陸⇒戦後ソ連軍と戦いソ連軍上陸を阻止してくださった北海道の方々に感謝  です!             続く

 

 

 

 

 

現在のフィンランド一帯には、5世紀~8世紀末にかけて多くのフィン人が移動して来たが、まとまった政治的組織は存在しなかった⇒12世紀よりスウェーデンによる支配⇒帝政ロシアとスウェーデンの戦争で帝政ロシアが勝利してロシア支配に入る⇒フィンランドは帝政ロシアとスウェーデンの緩衝地帯としての役割を宿命付けられる⇒ニコライ二世の時代にロシア化政策が強化されロシア語の使用を強要される⇒そんな時代に日露戦争で日本がロシアに勝利して、フィンランドの人たちもロシアから独立出来る希望を見出した⇒日露戦争における日本の勝利が動機となりロシアからの独立運動が高まった⇒1917年ロマノフ朝の終焉により独立宣言⇒社会主義思想の左派と保守主義の右派による内戦⇒右派勝利⇒ドイツよりフリードリヒ・カールを迎える⇒カール1世即位・フィンランド王国誕生⇒第一次世界大戦でドイツ敗北⇒カール1世退位⇒フィンランド共和国誕生⇒現在に至る。 左派と右派の内戦でもし社会主義思想の左派が勝利していれば、間違いなくフィンランドもソ連邦に組みこまれていたであろう。そうすれば現在もロシアのままだった可能性がある。正に運命の分かれ道だった訳だ!

後日、ソビエト連邦初代指導者のレーニンは「日本のお陰でロマノフ朝を終焉に追い込む事が出来た」と言っている⇒日本がソ連を創った???        続く