西暦1588年アルマダの海戦で、

英国が欧州最強と言われていた

西班牙(スペイン)の無敵艦隊に

勝利してより、欧州の覇権は英国に

移っていく。また、それにより英国の

海外進出が活発となり英国内の

経済発展へと繋がっていき、後世

には産業革命により大英帝国が

確立されるのであった。

しかし、この大英帝国繁栄の裏

には、実は海上での英国海賊の

略奪行為があったことは世界史的

にも明白な事実である。この海賊

による略奪行為は英国王朝公認

と、言うよりもむしろ英国王朝奨励

とも言うべき性質のものだった。

海上では西班牙の船舶も度々

襲われた。こう書くと、西班牙が

被害者の様に感じるかもしれない

が、その西班牙の財宝も元々は

現・南米の植民地の先住民に

対して搾取の限りを尽くして略奪

したものであった。     続く

 

 

最近、英国が東アジアの拠点を

日本から中国へ移しているという

話が浮上しています。

英国内の博物館の音声ガイドが

日本語から中国語へ変わる傾向

にあるのだとか。

 

香港が英国の植民地であった

ことを、日本人で知らない人は

少ないと思いますが、香港の

どの地域までが英国領であった

のかまでは、はっきり知らない

人が多いと思われます。

私も以前は、香港全体が英国領

だと思っていました。しかし、よく

調べてみたら全然違いました。

純然たる英国領は香港島と九龍

半島の先端だけでした。

新界地区と呼ばれる、一番

大陸に近い地域は、英国が

中共政権から租借している

だけだったのです。

これを知ったのは香港返還の

少し前でした。

香港返還に際し、香港の租借

期限が切れる。という話を聞い

て、「何で?英国領じゃなかっ

たの?」と、疑問に思い遅れ

ばせながら調べてみました。

すると、

香港の面積の大部分は

中共政権から借りているだけ

で、実際には英国領ではあり

ませんでした。

それで、租借期限が切れるので

英国は香港を中共政権に返還

せざるを得なくなったということ

です。しかし、香港島と九龍半島

の先端部は純然たる英国領です

から本来は返還しなくてもいいの

では?と、思ったのですが何故

英国領の地域まで返還したのか

というと、鄧小平がかなり強固に

サッチャー政権に返還を迫った

のが一因にあります。でも、その

他にも理由がありました。

それは手短に言うと英国内の

経済的な事情が原因でした。

                続く