戦後おびただしい数の日本人がシベリアに強制連行されて、そのまま他界してしまった方や現在でもなおその生死すら不明の方が多数存在しています。

ロシアでは、ソ連時代に建てた建築物の多くはもうとっくに崩壊してしまっていますがシベリアに抑留された日本人捕虜の建てた建築物だけは70年以上経つ今も壊れもせずに利用されており、強制労働させられたにもかかわらず、手を抜くこともせずきちんとした仕事をしていました。現在のロシアの国民はこの日本人捕虜が建てた70年以上前の建築物を見て、日本人の勤勉さに驚くと共に日本人に対して畏敬の念を抱いています。

時が経ち、やっとの思いで日本に帰国出来た日本人シベリア抑留者を待っていたのは日本の同胞による差別でした。ソ連に抑留されていた日本人捕虜はみんな、社会主義に洗脳されているなどと事実無根の噂をたてられ、厳しい就職難に遭いました。その為口を閉ざし日本人シベリア抑留の真実を語らなくなってしまった方も多くいらっしゃいました。日本の政府もシベリア抑留者に対して援助の手を差し伸べることもありませんでした。それどころか戦後、長期間に渡って自虐史観がはびこってしまいました。近年,インターネットの普及によりやっと戦前・戦中・戦後を改めて見直す機会が増えて、少しずつではありますが日本人であることを誇りに思える人が増えました。