先日、中曾根康弘元総理が他界されました。私はずっと中曽根氏が2年前に他界した大正8年生まれの自分の父親よりも1歳年下だと思っていたのですが、実際にはひとつ上の大正7年生まれでした。恐らく、ひとつ違いということだけが脳裏にインプットされ、勝手に1歳年下だと思い込んでいたのでしょう。中曽根氏の全盛期は私がまだ20代の頃でしたが、実にパワフルでした。弁舌も達者で外交も得意だった記憶があります。それよりももっと前の私が子供の頃には田中角栄氏が全盛で、田中氏はコンピューター付きブルトーザーと呼ばれていました。お二人とも戦前・戦中・戦後の日本と日本を取り巻く世界情勢をご存知な日本にとって大変重要な人材でした。田中氏の一番の功績は何と言っても日中国交回復です。当時、文化大革命全盛の中国へ乗り込み、大きな成果をあげました。その頃日本から中国への直行便はありませんでしたから、香港経由で北京に向かいました。しかし、中華人民共和国との国交正常化により中華民国(台湾)との正式な国交は無くなってしまったのも事実です。
一方、中曽根氏の一番の功績と言われるのは三公社の民営化です。小学生の頃、社会科の授業で「三公社五現業」というのを習った記憶があります。三公社とは、専売公社、電電公社、国鉄です。当時、交通公社という民間の旅行社があったのですが、この旅行社を三公社のひとつだと思い込んでいた人が意外に多くいました。これらの三公社は全て民営化されました。五現業とは郵政、造幣、印刷、国有林野、アルコール専売です。小泉元首相の時に郵政が民営化されたことは記憶に新しいですが其の他の五現業も国有林野を除き、民営化或いは独立行政法人に移行されました。
