李登輝元総統が他界されて世界に悲しみが溢れています。
李登輝 日本名「岩里政男」
(いわさとまさお)
1923(大正12)年1月
15日~2020(令和2)年
7月30日享年97歳
流暢な日本語を話し、「22歳(1945年)までは日本人だった」「難しいことは日本語で考える」と公言されており、自分が日本人であった事実を誇りに思われていました。戦時中、京都帝国大学(現京都大学)農学部で学び、日本で終戦を迎え、横須賀の浦賀から引揚船に乗り1946(昭和21)年に台湾へ戻り戦後、台湾大学農学部に編入され、その後1952年(昭和27年)に米国留学されています。李登輝氏の実兄は日本軍兵士として戦死しており、靖国神社に祀られています。
李登輝氏が台湾へ戻られた後も台湾では「白色テロ」と呼ばれる政治弾圧が続き、戦後に大陸から台湾へ渡って来た外省人が、戦前から台湾に居住していた本省人を抑圧する状態が続きました。しかし、李登輝氏が帰郷してから半世紀後の1996(平成8)年に総統直接選挙で本省人初の台湾総統へ就任されました。
李登輝氏は台湾を民主化へと導き、世界に誇れる民主主義国家に成長させました。
また、台湾人教育に関しても現行の「中国史」ではなく「台湾史」の重要性を認識し、歴史教科書「認識台湾」の編纂を指示しました。そして、台湾の台湾人による台湾人の為のアイデンティティーを確立するに至りました。この李登輝氏が確立させた台湾人意識は、確実に蔡英文総統へと受け継がれています。
また李登輝氏は、日本の良き理解者であり、日本人以上に日本文化に精通しており、故・司馬遼太郎氏とも交流がありました。
李登輝元総統に心から哀悼の意を表明します。
