二千年以上前の前漢時代、

翟方進(てきほうしん)という人物がいた。幼い頃に父親が他界したがコツコツと勉学に励み青年になると母親と共に長安へ移り住んだ。母親は靴を織り、翟方進の学費を捻出し、生活を支えた。

十年の苦学の末に翟氏は儒学や古典、天文学など様々な知識を身につけて宮廷で順調に昇進を重ねた。長安では学者の間で有名になり、多くの門下生を持つに至った。

同時代、胡常(こじょう)という老博士がおり、自分より位の低い翟氏の名声に嫉妬して、翟氏をいつも激しく非難していた。だが、翟氏は胡氏が自分を誹謗中傷している事を知っていたが、胡氏に会うと礼儀正しく謙虚に接した。胡氏が講義をする時には、翟氏は自身の門下生を参加させ、真剣に学ばせた。この様な事が暫く続いた。すると胡氏は翟氏の謙虚さは本物であり、心から自分を敬っていると分かり、それまでの自分の言動を恥て、翟氏に敬意を払う様になった。

翟氏の謙虚な振る舞いは、胡氏の敵意を失くした

故人曰く「他人と争いそうな時は、怒りを抑えて一歩引き下がると良い。それが出来れば、争いは失くなり、道が開ける」

潤滑な人間関係を営む智慧

古代中国には翟方進の様な徳のある人物が存在しており、徳を積む事の大切さが重視されていた。だが、この様な概念はここ100年間で中共が破壊した!今の中国に翟氏の様な徳のある人物が一人もいないとは言わないが、現在の中国人に

期待しない方が賢明である!

平成元年・1989年6月4日に起きた天安門事件から36年経った今年、頼清德台湾総統は

正視歴史才能走向未来歴史を正しく見つめてこそ未来へ進める」とSNSを通じ哀悼のメッセージを発信した。

頼清德台湾総統は天安門事件で他界した青年たちへの哀悼を表すと共に、台湾が民主主義と人権を護る最前線に位置している事実を改めて強調した。更に頼総統は中共による情報操作、軍事的威嚇や越境的弾圧など権威主義的浸透が深刻化している現状にも警鐘を鳴らした!

一方、天安門事件・虐殺で犠牲になった学生たちの遺族は、天安門事件・虐殺自体を無かった事にしている中共に対し責任追及と賠償を求め続けている

事件当時19歳の高校生だった

王楠・おうなんさんは、母親の張先玲・ちょうせんれいさんに「お母さん、今夜は本当に発砲があると思う?」と問いかけた。張さんは息子の王さんに「まさか、そんな」と答えたが張さんの願いは破られた!

目撃者に拠ると事件当夜、人民解放軍が群衆に向け無差別発砲し、王楠さんは頭部に銃弾を受けた。現場に駆け付けた医学生が応急手当を試みたが、戒厳部隊は暴徒には救助の必要はない」と市民を威嚇し、救急車の進入も許可せず、王さんは大量出血のまま放置され死亡した。

天安門事件犠牲者遺族は何度も抗議し、真相究明と謝罪を求めたが「中共政府からの誠意ある回答は36年間一度も無い」と張先玲さんは語る。だが「どれほど嘘を重ねても歴史の真実を覆い隠す事は出来ない」と信じ張さんは犠牲者遺族会である「天安門母の会」の中心人物として、36年に渡り公に発言を続け、毎年中共政府に向け公開書簡を送り、責任追及と犠牲者への賠償を求めて来た。中共による監視や脅迫にも負けず「私は死ぬまで天安門事件の真実を語り続ける」と誓う張先玲さんだ!

この様な中共の圧政に苦しむ中国人にこそ日本政府は手を差し伸べるべきだが、実際に日本政府がやっているのは真逆の事だ!これは日本人の為にも中国人の為にもならず、只中共の延命を助けるだけ!