新学期になると、非常にめんどくさい書類をいくつも学校に提出しなければならない。大体は親が書くので自分は持っていくだけで良いが、それでもめんどくさい。
その書類達の中に、例の保険調査表的なものもあるのだが、いつも悩んでいることがある。そう、「手がなんか、、、」を書くかどうか。である。
今に至るまで私は何も知らないフリをしているし、中学生まではただの奇形だと思っていたため、持病でもないこの手について学校にどのように説明するのが適切か、よく分かっていなかった。
小学生の頃はおそらく手について何か書かれていたのだろう。中学1年生の時も書いていたはずだし、懇談でも伝えたはずだ。しかし、その年以降「もう書かなくていいよね?特に問題ないでしょ?」という軽い親の一言にうまく反論できず、手について学校に何も伝えないことになった。
正直なところ後悔している。性格の問題であろうが教師に、周りに「できない」が言えなかった。ハンデが欲しい、成績の基準を変えて欲しい。舐めたものだが、そういったことも口には出せなかった。言ったとして、何で?と聞かれたら答えられないし、できない証拠もない。
みんなと同じように、普通に育てられて良かったとは思う。でも、その分「できない」の伝え方や、何をできないと言っていいのかが分からない。みんなと同じではないことがうまく説明できないのだ。
あの時、親に手について書いておきたいこと、「できない」と言うための保険が欲しいことを言えなかった自分。自分の病気を無かったことにされたと、親でさえ見て見ぬフリをしたいのかと、ショックを受けた自分。まったく、どうしようもない。軽くかわせよ。後悔の方が大きいじゃないか。
体育で手が腫れても、痺れが続いても、タイピングを格好つけたように片手でしていても、リコーダーが吹きにくくても、給食の食器が持ちにくくても、
黙って耐えて、家で湿布を貼り、泣きながらタイピングの練習をし、リコーダーのテストを何も聞かれることなく受け、両手に持って運べと担任に言わながらも、みんなと同じフリをしながらやっていくしかないのだ。
友:タイピングの点数勝った!
私:すごいじゃん(片手相手に張り合うなや)
こんなもんである。
結局のところ言いたいのは、書いても伝わるか分からない病名でも、書いてあることで助かる時が来るかもしれないよね。と言うことである。
みなさまがどうしているのか気になるところである。