次に生まれてくるのは 男の子だろうか? それとも女の子?
あの頃は ひたすら待った…
そして、赤ん坊の一つひとつの動きに 微笑み
ハイハイをいつするのだろうかと 見守りながら待った…
「待つ」ことが必要であり、それは子育てに欠かせなかった。
やがて子どもたちが 大きくなるにしたがって
ついつい、「待つ」ことを忘れ 結果を急ぐこともあった。
物事を長い目で見る余裕がなくなり
結果が出ないと、すぐに別のやり方を求めてしまう。
それは家庭だけでなく、会社や組織でも同じことが言える。
ある統計では「平均1日に40回も 『早く!』 と、わが子に言っている母親も…」
とのことだった。
待つことができない社会?を
私たちはあたりまえのように感じているのではなかろうか…
赤ん坊が生まれるまで 十月十日。
待つことを楽しみにしていた あのときを思い出そう!
そうしたら、少しは心に余裕も出来、優しくなれるね。
おやすみのまえに 子どもに絵本を読み聞かせたり
子守唄を歌ったりしていた あの頃…
「早く寝なさい!」なんて言葉は 必要なかった。
生活の中で、待つことが必要な場合は少なくない。
子育ては、まさにその1つ。
待つことは「信じること」なのかもしれない…
ついつい、待つことをあきらめてしまう。
相手を信じる、というより、
もっと自分を信じなくてはいけないなあ…。
待つことは決して受身ではなく、相手を励ますこと、
そして、自分を信じることに つながっていくと思う。


