先月中旬に東京で団体の総会がありでかけました。同団体の総会に顔出すのは2年ぶりで久しぶりという感じでした。総会会場は港区海岸のホテルでした。総会は午後4時から開かれるため、家を出たのは2時少し前でした。電車内は立っている人はわずかで、座席に座ることが出来ました。キョロキョロとまではいかないまでも、車内の広告などを見回しながら視線を下げると、乗客のほとんどがスマホに夢中なのには驚きました。
小生の座席は視界を妨げず180度見渡せる位置でした。学校帰りの高校生、サラリーマン、若い女性や主婦など、そのほとんどがスマホとにらめっこです。何もしないで見回す筆者の方がおかしいのではと思うくらいでした。学校帰りの高校生の集団の一人が降りる駅が近づくと、ゆっくりと座席を立ち、ドア前に歩を運ぶ。電車の減速ブレーキによる足元への圧力には何の反応もなく、それだけ体力があるのだなと感心しました。感心はさらに続きます。高校生の顔はスマホに向いたままです。
驚いたことにその高校生は、ドアが開くとそのままスマホを操作しながら電車から離れてもまだにらめっこしています。電車が動き出し徐々に速度をはやめつつ、車窓から高校生の姿を追うと、歩きスマホを未だ続けていました。幸い午後の一番空いている時間帯でしたので高校生は“安心”して歩きスマホをしていたと思いますが、あれほどやめるようにとの広報は、彼の耳に目にそして脳に刻み込まれてはいないような光景でした。
そして車内に目を戻すと、相変わらずスマホとにらめっこの人たちばかりです。単行本を読む1人、居眠りしている1人、新聞は皆無です。筆者の視界からは圧倒的にスマホ派が多いようです。小生も10年前頃からスマホは使っています。ガラケイは今でも中心です。筆者のスマホは2台目ですが、比較的早く使いだした訳は家のパソコンのメールを外出先で見たり返信したいと思ったからです。1台目のときからスマホでの通話は遮断しています。
歳をとるに従い、2代目のスマホは背広の内ポケットに入る最大の大きさにしました。これも老眼や、疲れ目には勝てません。ツイッターやフェイスブックをやり、筆者もブログを持っています。通話はガラケイ、写真を撮り即座に送信するなどはガラケイです。現在、2台を持ち歩いていますが、概ねパソコンやスマホは自分なりに使いこなしています。ただ、スマホやガラケイでの入力スピードは未だに遅いので自分ながら嫌になります。
スマホの方が便利なことは言うまでもありませんが、でかいスマホは通話に不便なので普通サイズに変えようと思います。それにしてもスマホの先行は計り知れないものがあるようす。コンビニやスーパーからレジが消える。スマホを商品にかざすだけでOK、この情報はAIに蓄積されます。AIやIoT(モノのインターネット)は個人を掌握し、その良し悪しは別にして、世の中を大きく変えつつあります。老人は取り残されていくのでしょうか。