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環境21世紀の会のブログ

環境21世紀の会は、柏市において活動しています。
身近な内容からグローバルな内容まで書いていきます。

 気温41度は体温を大きく上回る暑さでした。小生の真冬の風呂は41度です。この夏は35度が当たり前で、それでも41度は異常です。これも地球温暖化によるものと小生は信じています。地球温暖化が出たところで8月は原爆が広島・長崎に投下され、815日が敗戦の日となりました。一方、甲子園の第100回記念全国高校野球選手権大会は、この猛暑の中熱戦が繰り広げられました。これも戦争がないから楽しめることを肝に銘じています。

 

 顧みると、東京大空襲や米軍の攻撃が激しくなり、学童の集団疎開をはじめ宮城県の靴屋や農家への縁故疎開を繰り返しました。しかし農家に疎開したとき、防空頭巾をかぶり集団登下校する子供たちにも無差別に米戦闘機から攻撃をうけたこともありました。爆音とともに田圃の中に飛び込んで無傷で済んだ経験もありました。「こんな怖い思いをするのなら早く降参すればいいのに」と親戚の婆さんに言うとこっぴどく怒られました。

 

 しかし日本は降参し終戦、いや敗戦となりました。小学1年の学童だった小生の脳裏には大人たちの無謀な戦争に怒りを感じ、戦争だけは絶対いやだと誓いました。それが戦後73年経ち、日本は憲法を無視するようにすり抜け、戦争が出来る仕組みを整えつつ、憲法を改正しようとしています。8月になると原爆や再生産の効かない戦争の悲惨さを後世に伝えなければとメディアは色々取り上げていました。

 

 8月はとくに核廃絶や戦争だけはだめとの声が一段と高まります。しかし核廃絶が盛り上がる中、日本は核兵器禁止条約に加わりません。しかし、戦争はダメと言いながら着々と戦争のできる国に向かっていることに一般は無関心のようです。この8月が過ぎると、何か1年一度の一過性の盛り上がりのように小生には感じます。ただ戦争や核の無惨と悲惨さ、辛酸だけは、国民には等しく共有されているように思います。

 

 戦争の延長戦上で何故原子爆弾が落とされたのかを突き詰めると、そこまでの段階があり、政治の問題に突き当たります。したがって戦後は政治の上で戦争につながる法律が次々出来上がり、ごく最近では、大半の憲法学者の反対にもかかわらず、地球の裏側でドンパチできる安保法制や、少し前には戦前の治安維持法を思い出す共謀罪も成立しました。小生は専守防衛までは憲法のぎりぎりの範囲内だと思っていました。

 

 今の自衛隊の前身は、警察予備隊、保安隊、自衛隊、そのうえ陸上配備型迎撃ミサイルシステムが配備されれば世界に誇る軍隊です。平和憲法のもとすでに戦争に巻き込まれる体制が出来上がってしまいました。憲法9条では、戦争はしない、軍備を持たない、と先の大戦の反省を踏まえて掲げられたものです。押し付けられたかどうかを超えて憲法は現存しています。グローバル化に伴う環境が変わったからと言われても戦争は絶対にノーです。

 ちょっと前の話しですがW杯は残念ながら史上初の8強には届きませんでしたが、日本にはそれに劣らない称賛の声が寄せられました。サポーターの試合終了後のゴミかづけはすでに評判でしたが、選手のロッカールームがきれいに掃除され、「スパシーバー(ありがとう)」とロシア語で書かれたメモが残され、改めて日本チームに称賛が贈られたと報じられました。こうし後始末は、選手たちも日ごろ協力しているそうです。「飛ぶ鳥後を濁さず」という諺がありますが、外国の選手には、散らかしてもほとんどが自分の荷物以外気にせず、清掃員の仕事と割り切る面もあるようです。これも国民性にあるかもしれません。

 

 きれい好きといえば日本はどこへ行ってもきれいですが、一方で事業系や家庭からの食べ残し、口を付けていない食物、賞味期限切れ、売れ残りの廃棄食物の多さは世界トップクラスだそうだ。また、微細なブラスチックの海洋汚染問題も日本はこれからと思われます。この辺りは道路や町がきれいですが循環型社会の形成にはまだほど遠いようです。

 

 そういえば江戸時代の循環型経済や時代考証、和服姿などで有名な法政大学総長の田中優子さんは着物を例に挙げ、リサイクル社会について朝日新聞で述べていました。それによると江戸時代は「武士も含む都市住民の多くは古着屋で安く着物を買い求め、何度もリサイクルし」「新品の着物を呉服屋で仕立てるのは富裕層だけ」とのことです。「古着市場が大きく、古着店から行商までいろんなタイプの古着屋がいました。購入された古着は何十年にもわたって、様々な用途に使いまわされました」。

 

 着物はそもそも再利用を前提に作られている商品だったといいます。「だから洗い張りしたあと、襟を付けかえたり、あわせにしたり、傷んだ箇所を切って縫い直したりして再利用して」「それをまた古着屋に売ったり質屋に出したり、古着を買ったり」しかも「庶民なりにそんな中で流行も追っていました」とのことです。こうした循環を支えたのは古着を縫い直す技術が誰の手にもあったからと言います。そうして「子供用に直したあと、着るものとして使えなくなると、今度は布団地や敷物、クッションに形を変え」「使い終わり、かまどで燃やしたあとの灰さえ、灰買いが引き取り、畑にまく」まさに循環型経済社会です。

 

 田中さんの言いたいことは、江戸時代の循環型社会が「実は若い人の間でそうした動きが始まっているようです」とし、「最近の若い人たちは、安い服を上手に着こなしたり、新しい品にこだわらず、古着をメルカリなどで売買したりしていると聞きました」と指摘したうえで、「若い人たちが古着を利用する目的がただ安く買うことだとしても、それが社会全体として循環し始めている」「その消費行動には、産業革命から続いた大量生産、大量消費では、もう世界は持続できないという、エコロジカルな潮流が底にあるのだと思います」と結んでいます。大いに若い人たちに期待したいものです。

 トランプ大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の米朝トップ会談は、紆余曲折の後、ようやく実現しました。これまでの二方の脅し、罵り合いはいったい何だったのでしょうか。直前まで会談先のシンガポールへ、行くいかないなど波乱含みでした。これも韓国の文在寅大統領によるほほ笑み外交の仲介があったからこその実現だったのではないでしょうか。

 

 会談実現までに金正恩氏は、中国の後ろ盾を得るべく2回訪問したほかロシヤにもすり寄り、それから会談に臨むというしたたかさでした。これも世界が注目するなか、友好ムードで非核化合意の共同声明ということになりました。しかし日米両国が求めてきた廃棄期限や、とくに「完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化」という文言は、どこかへ吹き飛ばし、曖昧な表現にとどまったとの報道でした。金氏は会談が終わるとまた習近平国家主席会いに行きました。非核化プロセスの再確認でもしたのでしょうか。

 

 日本の要望だった拉致問題は、米朝会談のなかで伝えられたようですが、何とも手応えのない金氏の「聞きおよぶ」的なようで、拉致被害者の方々の無念さはさぞかしのことと察します。小生の推測では、これまで、トランプ氏の後ろで「圧力第一」を働きかけてきただけに、肩透かしを食い、「あとは晋三、任せるよ」と言わんばかりの内容になったような気がします。安倍首相と友情厚いトランプ氏との間だっただけに残念というほかありません。

 

 しかし米朝会談直後から北朝鮮放送は「拉致問題は解決済み」を繰り返しています。これからは日本独自の外交努力がより重要になってきたということでしょう。新聞、テレビなどメディアは、今回の米朝首脳会談は金正恩氏の体制保障と米韓軍事演習の中止などで北朝鮮の勝ちに軍配を上げているようです。一方、トランプ氏の方は上機嫌で、平和と朝鮮半島の非核化を勝ち取ったかのようなはしゃぎぶりです。メディアとの温度差がかなりうかがわれますが、こうしたことも近づく中間選挙を意識してのことで、計算のうえでしょう。

 

 ところで、「トランプ氏にノーベル平和賞を」との声が支持者から湧き上がっているとの報道です。小生は反対です。何故なら端的に言うと「米国ファースト」が、世界の秩序と分断を招いている張本人だからです。例えば、貿易相手国への高関税の適用、経済連携協定(TPP)や環境のパリ協定、イラン核合意、エルサレムへの大使館移転、ユネスコや国連人権理事会からの脱会など、国際合意を白紙に戻す行動は世界に混乱を招いています。 

 

 意味の分からない「米国の安全保障」を理由にかなり荒っぽいやり方は、友好国や非民主主義国にも及び、貿易の保護主義の台頭にほかなりません。トランプ氏を真似た「都民ファースト」を唱えた御仁は、政界をひっかけ廻して収まったようですが、国際合意・秩序を早く取り戻し、貿易戦争にならないよう収まることを願うばかりです。