環境21世紀の会のブログ

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環境21世紀の会は、柏市において活動しています。
身近な内容からグローバルな内容まで書いていきます。

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 本会の5人の役員も大半が80歳代に入ったようだ。誰でも歳をとればどこかしら五体満足の人は稀でしょう。小生も3年前に肩関節置き替え手術、そして昨年は脊柱管狭窄の腰椎分離滑り症の手術、さらに今年1月は白内障手術と続きました。中でも白内障手術は、噂通り誠に簡単で手術そのものの時間は数分でした。小生が掛かり付けの医師から、この白内障手術を行う医師は後輩で、その手術の腕は抜群とお聞きしました。控室に患者用の手術衣を着て待つ人は小生を含め6人、名前を呼ばれると次々と15分ぐらいで、眼を覆う眼帯姿の患者さんと入れ代わり立ち代わり出入りする光景は、何か違う世界の感じでした。 

 

 誠に手際よく驚くばかりです。手術用の椅子に着席し準備に数分、小生の手術時の感想は、目を洗うような作業のあと、脳裏で確認できるのは何やら液体のようなものを押し出しているようで、それが終わるとすっと何かが挿入され、青い点が急にはっきり見えます。多分これが眼内レンズと思われます。目薬のような液体を目に多量に降り注いだあと、目を閉じ、再度初めのように目の周りをしっかり洗い、拭き取ったあとがガーゼのような布で覆い、大型のバンソコウでしっかり止め、これで終わりました。トータルで10分ぐらいでしたか、とにかく手際よく、先生に「ありがとうございました」の言葉を掛ける間もなく次の患者と交代しました。 

 

 この眼帯も1日でとれ、手術した左目はすべてが白くスッキリした感じで、右目と比べ明るさが違います。手術しない方の左目はオレンジがかったようで、左右の違いがはっきりします。この眼帯をとった後は、目薬を3種類、朝、昼、晩、さらに寝る前に点滴します。これが何とも煩わしいのです。度数は手術しない方の左目に合わせており、手術後は当然従来から掛けているメガネでは疲れます。早く眼鏡レンズを交換したい旨を申し出ますがなかなか先生から許可が降りず、毎日がうっとうしい日々です。そんな訳でレンズを交換したのは3週間以上たってからでした。 

 

 小生が在職中にスポンサーだった表参道のメガネ店に行きました。わざわざサポートしに来た小生が所属する会社の社長と合流、一緒にメガネをつくりましたが、小生は遠・中・近の三種類を作ってもらいました。行くときは柏から直通の千代田線に乗りましたが、かなりの時間がかかり、予約時間にかろうじて間に合いました。5年ぶりに小生の視力を測定した認定技術者は、相変わらず各種機器を操作しつつ種々問答を繰り返し、約2時間で終了しました。その間の作業はてきぱきし実に見事でした。メガネ完成後本当は再度来てフィッティングするとのことでしたが、これを事前に行いわざわざ来るのは大変だから郵送するとのことでお願いして辞去しました。 

 

 それからわが社長の誘いで御徒町にて一杯やろうと、同町の吉池に直行しましたが外国人で賑わう有名な地域だけに、小生は新型コロナウイルス防護にマスクを着用していました。行き交う人々は割合と無頓着な様子で、何かその怖さは分かっていないようだでした。(214日時点)メディアで取り上げているほどに関心が薄いようで、けっこうマスクを着用していない人も多く見られました。治療薬・予防薬がない中で、今後どうなるのか。という訳で帰りは上野駅から柏までグリーン、柏から自宅までタクシーと、なるべく人と接近しないことに注意し、帰り次第早速、手洗い、うがいを励行しました。それにしても安倍政権は「桜を見る会」「公文書破棄・改ざん、更に「森友問題」で自殺した近畿財務局の職員の訴えに対する非常な対応等々、呆れはてていたところに、感染による志村けんの訃報に愕然とし、感染者が増える新型コロナウイルス問題でまたもやうやむやになるのでしょうか。 

 

 なお、今回、私的な内容で申し訳ありません。20121月以来、月1回、更新を続けて来たこのブログは、筆者の事情により今回で休止します。どなたか引き継いでいただければ幸いです。ありがとうございました。

 福島第一原発事故から8年過ぎ、今年はオリンピック・パラリンピックも開催されます。メディアの力の入れようは徐々に当日に向けて響きが大きくなっていますが、新型コロナウイルス問題が心配です。開催の是非は5月になってからということですが、1日も早い終息を祈る次第です。1964年の日本開催五輪ときは、小生が務める新聞社の役員として出席した業界の会合が新宿で開かれ開会式と重なりました。その日は好天そのものでオリンピック日和でした。会議が開かれている会場にはテレビも備え付けられていました。「会議中開会式をちょっと見たい」との声が大勢となり、会議を中断して見ることになりました。

 

 昔の球面のカラーテレビ画面ですが、かなり大型で当時として迫力満点でした。ブラスバンドとともに各国選手の入場行進は小生の胸をときめかせたのを思い出します。会議室内の神宮方向の窓のカーテンは開けられ、抜けるような青空でしたが、その青空にくっきりと自衛隊機による五輪マークが描かれました。小生にとってこれも予期しない出来事でした。いずれにしても日本が戦後復興の証のオリンピックだけに、開催が決まった年から盛り上がりがはじまりました。東海道新幹線や浜松町と羽田空港を結ぶモノレールの開業などなどオリンピックムードは弥が上にも盛り上がりました。 

 

 それにしても小生が歳をとったからかも知れませんが、第一回目のオリンピックに比べ今回は何か盛り上がりに欠くような気がします。小生だけがそう感じるのであればお許しいただきたい。ただ前回1984年時はまだ全人口も若く、オリンピック後は不況といわれるジンクスも短期間で切り抜け、日本の成長はその後アメリカに次ぐDDP世界第2位の地位(現在は中国に抜かれました)を築きました。ただ、小生は民主主義に程遠い共産党指導による国家資本主義と比較すること自体、開かれた民主主義による個々の経済活動の結果であるGDPと比較するはおかしいのではと感じるのです。 

 

 少々脱線しましたが日本の人口構成は老人の方が多く、若い人が少なくなっている関係か、当会の老人中心の会合でもオリンピックの話しは出ないようです。老人はテレビで見られればそれでいいという人が多いと思われます。成熟した日本社会では、政治の分野で負の部分があまりにも多く、最近のIR汚職事件や桜を見る会、モリ・カケ問題、東京高検検事長の定年延長等の問題もムードを白けさせているのではないでしょうか。メディアではNHKが盛り上げに懸命のように感じますが、民間放送は安倍政権のあまりにも多い負の部分や日韓関係、コロナウイルス問題を報じる方が視聴率は上がると考えているようです。

 

 それにしても株価にも影響し、株をやらない小生もハラハラです。何故かというと株価を上げるため、安倍政権は国民の税金と年金を利用しているからです。日銀は黒田総裁になってからお金をじゃんじゃん刷って市場から国債をどんどん買い上げ、ゼロ金利政策は出口が見当たらないまま銀行は青息吐息です。そうこうしているうちに、今年の国の予算は100兆円をこえる気の遠くなるお金です。国の借金も1000兆円超える有様で、財政改革は掛け声だけのように感じます。予算の中身は何かばらまきのようで、次の選挙を意識してのことでしょうか。こんな中で先の見えないコロナウイルス問題に徹底対策が望まれます。「首相は私の責任において」を連発していますが、責任をとらないのがこれまでならば、むなしさを禁じ得ません。すでにオリンピック開催に疑問符が付いていると小生は考えます。

 徳島県上勝町といえばごみゼロとSDGsに取り組むことで環境問題に関心のある人なら誰でも知っていることと思います。小生70歳で退職した際、四国を観光しましたが、上勝町はまったく眼中にありませんでした。年金生活に入ると毎日が「サンデーマイニチ」を期待していましたが、さにあらずでした。業界専門誌紙の相談役につく羽目に。ということで傘寿をとうに過ぎた現在も切れないでいるのです。ところでこの上勝町ですが、同町のホームぺージを覗いてみると、人口は1374人(2019101日現在)、四国で一番小さな町です。全国から注目されるきっかけはテーマの「いろどり」です。日本料理に添えられる葉っぱを、おばあちゃんたちが出荷して年商26000万円も稼ぎだしたことのです。 

 

 そして何と言っても注目されるのは2020年、つまり今年までに焼却埋め立てゼロ・ウェイスト政策です。リサイクルできる物の分別を45分別まで徹底していることです。まだ使える不要なものは、誰でも無料で持ち帰ることが出来ることや、高齢者が中心となってリメイク商品を作って販売もします。上勝町のリサイクル率は81%、平成28年度一般廃棄物処理実態調査では全国トップクラスです。また一人当たりのごみ排出量は全国平均の約半分、一人当たりのゴミ処理費用も約23に抑えられているとのことです。環境分野では他にも木質チップボイラーの導入や、小水力発電などエネルギー問題にも取り組んでいます。 

 

 上勝町は面積の約90%が山林で、かつては林業で栄えましたが、これも1964年に木材の輸入が自由化されると林業も立ちいかなくなり、携わっていた人たちは、とくに若者は都会へ流れ人口は急速に減少し、反比例するように高齢化率が上昇しました。上勝町は、かつて斜面を利用した棚田農業が盛んでしたが、機械化が難しく、米つくりに変わって1960年ごろからみかんが主力農産物になりました。しかし19812月の大寒波に襲われみかんの木は全滅し農家には大打撃になりました。みかんから新たな産業として前述の「いろどり」産業の本格化といえます。はじめは農家4軒で年商は100万円程度でした。 

 

 これが年々成長し、早々のコンピューターを導入などで、その後200件の農家で年間26000万円の売り上げとなり町の主要産業となりました。「いろどり」の担い手は高齢者や女性が中心で、やりがいのある仕事として町の元気さや活力を生みました。高齢化率は54.4%(2015年国勢調査)、徳島県内ではありますが、75歳以上の後期高齢者一人当たりの医療費は86万円で、県内平均の102万円を大きく下回っています。上勝町は一休さんのように一人ひとりが知恵を使ってまちづくりを推進しようと「1Q運動」を、町内を5地区に分け競い合うように活性化事業を推進しています。その結果、一例として伐採の材木を利用して足湯もある茶屋を住民の手で建設し、町民交流の拠点となっているとのことです。 

 

 この他上勝町は、残る棚田の保全に努力し、農林水産省日本の棚田百選に、文化庁からは重要文化的景観に選定されました。また構造改革特区の認定を受け、会員登録に限り高齢者や弱者の移動手段として、有償ボランティアによる自家用車利用の運行や、若者が住みたくなり定住化のために町営住宅の建設、廃校を活用した賃貸住宅と貸事務所の複合住宅を建設しました。「彩山(いろどりやま)を活用した産業振興事業」、「ゼロ・ウェイストブランドを活用した循環型まちづくり事業」、「上勝町で子供たちを育てる教育」の三つ重点施策として取り組んでいます。このため20022008年では転入者が転出を上回り、近年では新しい会社や店舗起業する人も増え、新たな街の活力になっているとのことです。 

 

 上勝町は、SDGs未来都市推進本部を設置し、持続可能な開発目標を目指し各種事業を推進しています。改めて上勝町とはどんなところか、そのHPからざっと紹介してみました