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環境21世紀の会のブログ

環境21世紀の会は、柏市において活動しています。
身近な内容からグローバルな内容まで書いていきます。

 当会はその歴史も19年に及び、事業もホームページ(HP)の展開に絞り込み、情報や主張などを盛り込んできました。定例会も役員のみとなりましたが、その7人の役員も一人が最近鬼籍に入り6人となりました。これまで、各役員とも毎月1回集まり環境問題やHP、ブログの内容を中心に説明・解説、意見交換したあとは、社会、経済、政治、国際問題等、ブレーンストーミング的意見交換を行ってきました。

 

 役員は町会を飛び越え、遠くは電車を乗りついで通ってくる人もいます。月1回の会合ではありますが「環境問題を中心に地域の問題を含め多彩な意見交換ができ参考になり、楽しみだ」との意見が全員の総評でした。東日本大震災時は原発事故に伴う放射線のホットスポット問題で、市内で出た土壌入れ替え汚染土は、自分の住む市で処理するとの主張を早くから展開してきました。「そのような土砂は福島に持っていけ」との意見が多く、市議の方からも同様な発言がありました。 

 

 本会も原発を検証のうえ、反原発を基本姿勢とし、代替エネルギーとして風力、太陽光発電などについて情報収集や検討など、会議の俎上に載せ意見交換してまいりました。原発に対する意見をいち早くまとめ、HPや会報上での主張は反響を呼び、月1回の役員会に市議会議員の自主参加もありました。そんな本会の「汚染ゴミや汚染土壌は自分の市で保管」との主張は関係の国会議員を通じ、当時の民主党政権にも届き影響を与えたと思います。 

 

 話しは戻りますが、本会も高齢化が進み、それぞれ体調が万全ではなく、つれあいが身体を崩しておられる会員もいます。前述のように1か月に1回集いHPの内容、次回更新の課題、更新のブログ内容等をとりあげつつ、意見の交換は役員1人ひとりが発言することになっています。ここ10年ぐらいで3人の新規役員が加入しました。しかし定年早々の6070歳代の人たちの加入は皆無でした。6070歳代を老人扱いは失礼かも知れません。ただ、一般的には「話し好き」といえます。 

 

 超高齢社会に入って、日本を背負ってきた「老人」はもっと社会に政治に経済に世界に、発言すべきではないでしょうか。私たち環境21世紀の会は「ものをいう」手段ともいうべく「ホームページ(HP」や「ブログ」を持っています。環境問題が苦手なら関心だけは持っていただき、題材は何でも結構、投稿をお願いします。だだ、HP掲載は役員会の承認が必要です。またブログは差別的文言や本会の品性を害する投稿は遠慮いただいております。

 

 本会は社会に一定の見識をもち、批判精神とともに建設的な問題提起を行ってまいりました。私たち老人はもっともっと発言すべきです。月1回の会合は第1日曜日午後115分からです。是非ご参加をお待ちしています。問い合わせは環境21世紀の会HPの「メール」からお願いします。

 散歩ではないが町内を時々歩くことがあります。そのたびに思うのですが道路は綺麗でゴミ一つ見られない。小生の家の近くの二つのゴミステーションは、鉄骨で作られワンタッチで網をかけるようになっており、カラスなどに狙われない知恵が感じられます。このゴミステーション以外に新聞、雑誌、ビン、缶などなど決められた場所に賑やかに並べられ、青空市を想像させます。小生、かなり前に業者に取りに来てもらうのも面倒なので、百科事典をゴミとして出しましたが、間もなく出勤途中にそこを通ると無くなっていました。

 

 小生が住む柏市は、かなり以前から分別集が行われてきました。近くに第2清掃工場を作るという市の方針が出たとき、その地域の町会連合会に示されましたが、これを内密にし、町内会に知らせず、逆にメリットが多いとして誘致文書を作成していました。これが事前に漏れ、文教地区には作らないとする市の方針を覆すものとして地域の反対運動が拡大しました。工場建設区域が文教地区の同心円にかかることかから、それをずらすという手を使い建設しようとする市の姿勢に訴訟まで発展しました。 

 

 この訴訟では市が敗訴となりましたが、旧清掃工場は古くなり、人口もうなぎ上りに増えるとの見込みから何としても作る必要があり、若干の同心円の移動は事前の環境アセスメントでも問題ないとの結論を得て建設に着手しました。この時、環境21世紀の会が誕生しました。周辺住民には大問題でしたが、23㌔離れると、むしろ歓迎の方が多いようで、清掃工場周辺の公園整備、プール、運動施設、レストランなど広大な再開発構想は確かに魅力的でした。周辺住民の大反対運動は工場建設が進むにつれ下火になっていきました。

 

 環境21世紀の会は、清掃工場の建設決定過程と、地域住民に情報が隠されたことなどで反対の立場でしたが、当初から環境問題は一過性ではないとして、スローガンに「環境と共生」を掲げ、シンポジウムや市との定期協議、議員懇談会、市長との懇談会、など事業を展開してまいりました。会員はピーク時80人以上でしたが、反対運動の下火とともに減少を続けました。こうしたことから続けていた会報の発行を中止し、インターネット利用に踏み切り、ホームページの開設により引き続き主張を展開してきました。 

 

 思い出すのは、市側がゴミの排出量はうなぎ上りとしているのに対し、環境21世紀会は、市の予想よりかなり少ないとの独自の調査を得て、各種資料を添え過剰な設備として削減を主張しましたが受け入れられなかった。現時点では環境21の世紀会が正しかった。清掃工場建設を機会に地域団体や有識者、学者からなる環境問題を監視する委員会もできました。しかし、その内容・活動は公表されずにいましたが、当会の申し入れにより1回だけ、東日本大震災時に公開されただけでした。以上は小生の記憶に基づくもので、間違いがあればご容赦願下さい。

 今回は話題を変えて、恐縮ですが小生自身のこととその周辺について書いてみました。小生が大学卒業時から付き合っていた友人は10人前後で、それぞれ社会人になって会う機会も徐々に少なくなり、交際は会社関係や、業界関係の人たちに変化していきました。大学時代の友人は異動等で離れ、年に数回在京の45人で飲み会をやっていましたが、残念ながら50代で亡くなった人が1人。10人のメンバーも自然に少なくなっていきました。60代になり、がくんと減り、小生を含め5人に、70代になると3人になってしまいました。 

 

 3人のうち一人は大病を患い、もう一人も学年は同じながら2歳年上で、3年前に小生の方から長野県の上田まで出向き、旧交を温めることができました。翌年に長野の温泉地で会う機会を当方が企画することを約束して別れましたが、小生、その年の秋、右肩関節置換手術や脊柱管狭窄症による左足の痛みなどで延期の一報を出しておきました。手術の方は良くなりましたが腰痛や足の痛みは相変わらずで、温泉地への旅行は無期限延期の状態になっています。小生は今年4月で81歳。どうやら年齢と病には勝てないようですが、今年足腰の痛みだけは緩和させるべく努力したいと思います。

 

 ここで小生の体調について遡りますと、現在は足腰の痛み以外はすべて健康。しかし70歳近くの時、医者から糖尿病の宣言を受け、1800㌍に抑えろと言われ74㌔から半年で65㌔まで落としました。まだ現役で仕事が楽しく飽食の毎日でした。この宣言は仕事をやめろと言うのに等しく、しばらくは落ち込みました。この際退職を考えましたが、逆に社内外に小生の糖尿病を“宣言”してから開き直った感じになりました。

 

 ただ、毎日が空腹の連続。つい甘いものや食べ物の量をオーバーしがちでしたが、絶対に糖尿病を克服してやるとの信念は変わらず、3か月くらいで70㌔を切りました。薬局からもらったカロリーカードが評判なり、飲むときは周囲の人たちから「この焼き鳥1本は何カロリー」などと声がかかるほどで、カードは「酒の肴」になるほどの話題となりました。結局約6か月で65㌔まで落としました。ただ、階段を上る時などスタミナ切れを感じるようになりました。かばんや着衣、身に着ける持ち物など重量はそのまま。

 

 そこで先生に訴えると「1800㌍は解除しょう。もし体重が増え始めたら要注意。ついでに採血の結果、糖尿病は治ったようだ」との糖尿病克服宣言?をいただきました。それ以降ほぼ4か月に1度の採血検査結果は、その都度総じて良好とのこと。しかし3年前の旅行先で急な腰痛となり我慢も限界。脊柱管狭窄症との診断。その後左足に痛みを感じるようになり、ついでに左腰の帯状疱疹に気付くのが遅く重症化してしまいました。そして翌年には右肩関節置換手術、つまり米国から導入間もない人工関肩節手術を受けました。そんな訳で70歳代終盤はさんざんな目にあいました。しかし、今度は大学病院の先生から脊柱管狭窄症手術にOKがでました。体力があるうちにということで覚悟した次第です。