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環境21世紀の会のブログ

環境21世紀の会は、柏市において活動しています。
身近な内容からグローバルな内容まで書いていきます。

 昨今は米中の経済戦争など、“戦争”の表現をしたくなる空気です。一方、小生にとって8月は特別な月、つまり鎮魂の月なのです。広島、長崎に原子爆弾が投下され、第2次大戦が終結したのが815日です。日本が無謀な戦争に突入し、310万人が亡くなったといわれます。「これほどの人たちの犠牲の上に現在の平和がある」とよく聞く言葉です。そして「戦争だけはしてはいけない」と新聞などの投書欄に家族が犠牲になったことを踏まえ、この言葉で結ぶのが常のようです。 

 

 馬鹿にされるかも知れませんが、我が国には立派な“平和憲法”があります。9条には戦争はしない、軍備は持たないとうたっています。我が国は小競り合いを想定した警察予備隊を設置したのを機に、いつの間にか保安隊、そして軍隊ともいうべく自衛隊となり、特定秘密保護法、「共謀罪」法、とくに安保法制の成立は強引な憲法解釈により、それまでの一線を越え、日本を離れて武器の行使が可能になりました。あとはどんな理由をつけてでも交戦できる自衛隊は、格上げされた防衛省の存在とともに日本国民の間に認知されたようです。政権はさらに自衛隊を憲法9条に明記しようとしています。前項と明らかに矛盾していると思うのですが。ただ、ここまで来ているのに憲法改正までやる必要があるのでしょうか。 

 

 国際情勢は日本も自衛のための装備を充実しなければということで、着々と最新装備を備えつつあります。とくに日米同盟は米国に守られているとはいえ、海上装備のイージス艦を皮切りに陸上配備型のイージス・アショア、さらに最新のステルス戦闘機F35A141機(115億ドル約1兆数千億円)の導入を決めるなど、米国から着々と高価な武器を押し付けられつつあるというのが現状です。こうした状況に周辺諸国は懸念を表明し、とくに配備に反対するロシアは北方領土交渉と絡め、複雑化させ硬直状態に陥っています。

 

 話は前に戻りますが、戦争を否定しつつじわじわと、いつの間にか戦争のできる国に仕上がっています。さかのぼると警察予備隊をスタートに我が国の装備は着々とここまで来てしまったのです。昔、社会党の委員長だった石橋政嗣さんが、持論の非武装中立論を主張する中で「戦争の出来る国にしてはいけない、いまブレーキを掛けないといけない」という趣旨の意見を述べていたのを思い出します。一方、これとは逆の話しですがTV討論で「米国について行くのが日本の正しい道だ」と元外交官が主張していました。 

 

 石橋さんは米国一辺倒ではなく、外交努力で実現できると言い、その重要性を主張していました。いずれも小生の消滅しそうになる記憶を呼び戻しながら記した次第ですが、現在のトランプ政権になって、未だに米国について行くのが正しい道とばかり、究極の「抱き着き」外交でも怪しくなっています。しかも不公平を理由に各貿易分野はもとより、日米同盟の全般の再考の中で、沖縄の在留米軍の負担を現在の5倍の要求をほのめかしています。話は少し広がったようですが、ちなみに、戦前のドイツは立派なワイマール憲法を持ちながら、いつの間にか「ナチス憲法」なってしまいました。プロパカンダからポピュリズムの巧みさは、日本の現状に似ているような気がします。 

 

 戦争や敗戦直前の本土空襲の恐ろしさを知る年齢も少なくなり、815日を知る人たちも少なくなっています。ましてやB29の空襲や焼夷弾による大火災、学童集団疎開、米戦闘機からの狙い撃ち、敗戦と同時に「鬼畜米英」から「親米」に一変した大人たちや先生たちの空々しさ、等々敗戦前後の混乱を経験した小生は81歳になっても記憶から離れません。政治の世界も戦後生まれが大半となっています。北方4島を巡り戦争を肯定するような若い政治家が最近問題になりました。いまこそ米国一辺倒をあらため、外交努力で戦争だけは避け、世界平和に貢献できる日本になるようすべての政治家にお願いしたいと思います。

 小生、2年前に大学病院で肩関節置き換え手術をやり、やれやれと思う間もなく、腰から左足にかけて痛みがひどく、正式病名は脊柱管狭窄の「腰椎分離滑り症」とのことです。今年2月に右肩の定期観察のとき、小生の訴えに担当の部長先生から肉体の衰えないうちにやろうということで、意外と早く了解を得ました。しかし検査に加え先生の都合で結局は611日入院、13日手術となりました。2月に手術を決めてから約4カ月が過ぎましたが、「傘寿過ぎ 元号またぐ 腰痛の 辛さこらえて 待つ手術」の心境でした。闘病記は後日に。 

 

 小生、つい自分の身体について記してしまいましたが、何を言いたいのか、早い話、頑丈を自慢にしていた小生の身体にガタがきたことにからめ、地球も何やらガタがきていることを危惧するのです。世界的な異常気象や自然災害は各国で見られます。地震と津波、巨大台風やハリケーン、山火事、竜巻、予想を上回る熱波よる被害・災害などに加え、未だに中東などで紛争による建物など社会インフラを破壊する情報映像が眼に飛び込んできます。人間の活動が自然との調和を崩し地球を痛みつけているのです。 

 

 その上、古くはベルリンの壁が壊されたとき、これで世界は緊張の上に立つ東西冷戦から解きほぐされると期待され、国連の機能も発揮されるものと思いきや、現在はまたもや世界は緊張の段階を迎えた新冷戦ようです。それは「二つの戦争」による動きです。一つはトランプによるところが大きいと思われます。環境問題に対しても貿易問題にしてもなりふり構わない自国第一主義は、一に経済、二に紛争から戦争に向かう緊張感を高めています。 

 

 中国にしても今までは安価の労働力を盾にいいとこ取りしてきたきらいもあります。「一帯一路」を主導し、GDP世界第二位の国家資本主義大国に民主主義を期待しても無理でしょうか。また、ロシアにしても共産主義体制が崩壊したものの、民主主義にそぐはない一面も指摘されていれます。過去の東西の冷戦時代の一触即発のバランスオブパワーはまっぴらです。戦争による再生産の効かない人間の無駄な活動は地球を痛めるばかりです。 

 

 ドンパチの戦争も経済の戦争もごめんですが、そうでなくても国際的科学者組織は、地球上の800万種の動植物のうち、100万種が絶滅の危機に直面しているとのことです。そして朝日新聞別刷りの55日付けの「グローブ」では、当たり前のような存在の「土」まで、人間が好き勝手にいじくりまわした結果、あちこちが痛み出してガタがきていることをグローバルに取材し詳しく報じています。次は空気や水も非常事態になるかも知れません。 

 

 一方ではこうした地球全体の危機的状況を大人や政治家に訴えるべく、世界の若者たちは地球温暖化対策を、国や企業に訴える大規模なデモをSNSで呼びかけ、もちろん日本でも学生たちが参加して行われました。海外では少々荒っぽいデモあったようですが、それだけ地球の危機的状況を訴えたかったようです。世の政治家や大人たちは、異常事態に慣れ都合よく解釈して先延ばししているのが現状です。このデモに小生も参加したい気持ちにかられます。「若者たち頑張って!」と心の中で叫んでいます。

 2回にわたり、思い出すまま当会の歴史のようなものを綴ってきましたが、小生は環境問題の一つとして、し尿浄化槽の維持管理に関心を持ち町会ぐるみでやろうと腐心しました。そんな訳で前の町会と現町会の役員を合計で9年間務めさせていただいただけで、町内を超えて第二清掃工場建設反対の地域の人たちの顔も知りませんでした。この問題をきっかけに町内から市議会議員も出て、その盛り上げを込めて環境21世紀の会が誕生しました。設立総会に出席しましたが小生が会長に選ばれるとは夢にも思いませんでした。 

 

 未だにどうして会長に選ばれたかは分かりません。強硬な固辞に満場一致を思わせるような拍手はそれを許さない雰囲気でした。複数の人たちから「会長はそこにいるだけでいい、あとは副会長がやるので心配しないように」とアドバイスを受けました。まるで昔の天皇陛下のようで違和感のまま、いまは故人となったK副会長さんに地域関係団体へお引き回されました。おおぜいの前であいさつさせられましたが、率直に「地域のことはまったく知らない祭り上げられた代表です。しかし人一倍環境問題には関心を持っています」とだけあいさつし、第二清掃工場には建設計画推進方法に問題があることを主張し、代表として真っ向から反対の姿勢はとりませんでした。 

 

 それは、わたしを支えてくれた前出のK副会長さんから「いずれ第二清掃工場は出来る。環境21世紀の会は一過性の会ではない」「これからは広く環境問題を捉えていかなければならない」と真剣な表情で説明を度々受け、小生もその方向に傾倒していきました。ただ、そのために当会から離れていく人も少なくありませんでした。当時小生はまだ現役で時間がとれず、総会で度々会長交替をお願いしましたが、「またかの表情」でとりあってくれません。そんな訳で事業では小生の日程に合わることも度々でした。副会長はじめ役員の皆さんに支えられ、初代会長のまま今日まで続けてきました。 

 

 残念ながらK副会長の指摘の通り、第2清掃工場の建設がはじまると、みるみる会員が減少していきました。それも仕方のないことと思いますが、ムシロ旗を掲げて工事現場で気勢を上げた方々は、いまはどうしているでしょうか。公園や屋内プール、健康施設、会議場、駐車場、レストランまで併設した工場と、周囲の道路等も拡張・整備され、いまでは地域住民に良好利用されているようで、あの反対運動は何だったのでしょうか。 

 

 ただ、あれだけの反対運動や裁判までした“実績”は、明らかに市を動かし、地域住民の声を反映した最新設備の第2清掃工場だと思います。いまではすっかり地域にとけ込んでいるようにみえます。それに引き換え当会は「継続は力なり」と言いますが、規模は小さくなり行動もイベントも役員の高齢化で活動は鈍くなりました。ここ数年はホームページやブログなどを中心に展開しております。しかし副会長はじめ役員の方々の頭の回転は速くまだまだ元気です。

 

 当会を存続させていただけるのも副会長・役員の尽力の賜物と感謝する次第です。