今、こんな話を真面目にする相手がいない事は確かだが、AKBファンの証明として、自分のためにもブログに残しておこう。
自身がファンとして立派になった(?)2008年の秋口にスタートした「A5th 恋愛禁止条例公演」。
正規公演では最も観覧した公演であり、千秋楽とともにチームシャッフルが行われ、推しメンがAKB卒業を余儀なくされた忌まわしい公演でもあるが、接触した回数と比例して深みを増した。
そんなA5thではあるが、シャッフルが決まった後に観覧した際は、冒頭の4曲が終わるまでに涙を流さなっかた事は無かった。
それは二人の若い男女のストーリーが隠されているからだ。
それでは順に追っていこう。
1、長い光
主人公はとある若い女性。おそらく大卒で就職した25歳前後のオフィスレディ。おそらく、今まで出会った恋愛の中で、最も自分を愛してくれる男性に包まれ、最大の幸福感の中に居て、永遠の異性として結婚も意識しており、それを心の底から祈っている。
、、、心も身体も女性として成長し、少女の要素が完全に消え去りゆく。そこから数年遡り、次の楽曲へと繋がる
2、スコールの間に
同じ女性が大学生の時、初めて本気の恋愛を経験する。まだ好きという感情はうまく表現できず、このまま好きな男性と同じ空間に居たい。その為にはスコールはいつまでも止まないで欲しい。恋愛に対する距離感が分からず、何かに頼るしかない。ボートハウスというセッティングが大学生っぽくて、大人の階段を上っている感じがする。
、、、よくある心象描写ではあるが、ストレートに心の迷いと呟きは、「長い光」と対照的な恋愛に対する姿勢を醸し出している。そして、さらに数年遡り、JK時代へ。
3、JK眠り姫
文字通り、この同じ女性は高校生。共学ではなく女子高校の生徒で、女子の仲間とのティーンエイジを謳歌している。校内に男子生徒はおらず、普段から接点は少ないため、恋愛よりも、「JK」の今を大切にしている。青春のわずかな期間を、永遠に続く時間と同じ価値あるものと信じて疑わない、無垢な若さで突き進んてはいるが、いつか理想の男子に巡り会いたい。その一方、自分の事をずーっと好きでいる男子がいる事には気付いていない。
、、、以上の冒頭3曲は、一人の女性の時間を10年ほど遡っているが、次の曲でもう一人の主人公である同級生の男子が登場する。
4、君に会うたび恋をする
ある男子が中学生時代のクラスメイトに恋をした。だがその想いは打ち明けることはできずに「いつまでも友達」として中学を卒業。その後、他の女性にも恋をしたが、浮かんで来るのはあの時の淡い恋心。いつもこれが邪魔をする。いつしか同窓会で再びあの子に出会えることが一番の楽しみとなり、会うたびに当時の恋心が溢れてくる。告白出来なかった過去を後悔するが、今のあの子を本当に好きはどうかは解らない。中学時代の淡い恋にいつまでも恋をして、その感触をつなぎ合わせて10年ぐらい経つ。同窓会は、あの時の恋心に浸れる大義名分的な位置付けになっている。
、、、ここで、冒頭4曲における二人のストーリーは終わる。
この通り、中学時代に恋をしたこの男子は時折り当時の恋を感情の最前線に引っ張り出すが、一方女子の方は、時とともにそれなりの恋愛感情を経て、現在は最後の恋になるかもしれない状況にある。
成長しない男子と成長している女子の対比が、巧妙に歌詞の中に組み込まれている。
しかし今、互いに大人になった二人が同窓会以外で出会った時、今後の行方がどうなるか知りたい気もする。
この4曲以降にも、A5thにはこの主人公が登場しているかのような歌詞がある。
歌詞の中に想像力を掻き立てることと、アイドルという偶像に感情を投影し心の中で占有すること。この両輪が最大のシナジーを生み出している点、これがA5thの魅力である。
特に「君に会うたび恋をする」は、歌詞の意味を噛み締めるかのように、マーチングパレードのようなテンポとフォーメーションが、主人公の男子の切なさの中にも高揚感が浮かび上がっている事が表現されている。この高揚感のおかげて男子の報われない淡い恋愛はこのままで良いんだ!と肯定的に感じられ、すごく喉越しの良い楽曲となっている。「Let's go everybody!」、このシンプルなセンテンスが、このストーリーに決着をつけているのであろう。
とは言え当時の平均年齢が20歳前後のメンバー達がその意味を理解して歌っているとは限らない。
あくまで観覧している一部の男性に響いている歌詞を、無垢なアイドルが元気良くパフォーマンスしている情景と、劇場のややチープで埃っぽい空間が、私世代の遠い記憶のかすみ具合とリンクし、涙を創成させるのだろう。
A5th、最高にして最後のAKBらしい公演だ。
ではでは。