既に年末、河田陽菜の卒業から早くも1ヶ月半が過ぎようとしている。

 

卒業後の動向は把握出来てはいないが、今朝最後のブログがUPされた。

 

河田陽菜のいない日向坂46に触れるよりも、過去の映像を目にする方が、より卒業した事実を実感する。

 

これ以上新しいコンテンツが増えることは無く、過去を擦り続けるうちに意識は過去に巻き戻され、現実に戻りづらくなる。

 

この繰り返しがやがて完全に過去のものとして記憶の奥深くへ定着していく。

 

セレモニー当日も含め東京公演、代々木の3日間は晴天。

 

秋が深まる遠くの青空の下、柔らかい木漏れ日のように、河田陽菜が見え隠れしながら日向坂46の全てを見守るかのようだ。

 

他のメンバーのサプライズ登場も少しはあるかと思いきや、そんなことは全く無く、河田陽菜に完全フォーカスされた完璧なステージであった。

 

数々の卒コンを観てきたが、これほど主役に集中出来たのは初めてかもしれない。

 

JOYFUL LOVE

 

君がしあわせならば、そう僕もしあわせな気がする。

 

今後河田陽菜は表舞台に出て来ないかも知れない。

 

日向坂46の中で輝きが、僕らが求める河田陽菜の真の輝きであったならば、それを受け入れる準備は出来ている。

 

ファンは皆そうであろう。

 

河田陽菜に微笑みがある限り、何だって許せてしまうのだから。

 

河田陽菜、

日向坂46へ誘ってくれてありがとう。

 

 

 

 


 

 

あと数時間後に迫った、現役最後のステージ。

 

38年の時を経て「聖地」で行われる。

 

まるで彼女とグループを体現するかのような晴天。

 

間違いなく私自身にとっても転機を促す日となるに違いない。

 

ライブを楽しむ、彼女を送り出すことに注力。

 

本当の感情は後で気づくもの。

 

後日エントリーしよう。

 

ではでは。

 

年齢、ライフスタイル上、メディア接触時間に限りはあるが、その少ない接触時間がどれほど濃度の高いものになったことか。

 

楽しさ、可愛さ、美しさ、カッコよさ、切なさ、コミカルさ、初々しさ、、、日向坂は、50年近くの間に培われた自身の琴線を全て網羅していると感じている。

 

遡ること、1980年代のオールナイターズ、おニャン子クラブから、飛んで2000~2010年代のAKB。これでアイドルは最後になると信じていたのだが。。。その全てをこの日向坂だけで追体験しているようだ。

 

メンバーの卒業や新陳代謝に関しては、かなり耐性は備えていると思うのだが、来る河田陽菜の卒後は、日向坂そのものへの受け入れ方に変化を与えるかもしれない。

 

日向坂ファンになってからの2年間、無意識ながら河田陽菜を中心に観ていたような気がする。

 

日向坂創世記からのメンバー、最新の5期生まで、その全てが日向坂らしさを備えていることは言うまでもないが、河田陽菜に限っては、日向坂でなければならない、かつ日向坂だからこそ輝けるメンバーと思う。今後の活躍を期待し応援するのが然るべきファンの責務のはずだが、日向坂以外での活動が全く想像できないのである。

 

振り返ると、過去にもそのようなメンバーは必ず存在していた。おニャン子クラブにおいては立見理歌(我が推しメン)や永田ルリ子、白石麻子。AKBにおいては佐藤由加里(我が推しメン)。グループの看板を外した彼女達がどうしても想像できなかった。彼女たちが在籍していた、その時代のそのグループを応援できたことが、自身も含めて誰かの心の中に色褪せることなく存在し続けることは確かだ。

 

次は河田陽菜の卒業に関して、今の感情を残そうと思う。

 

ではでは。

 

 

 

 

 

 

AKBは今年で20周年ということで、いくつかのプロジェクトが組まれている。

自身が参加するかどうかは未定だが、それはそれで注視していきたい。

 

注視するという所以は、2023年の7月より後発ながら「おひさま」になった。

きっかけは幾つかあったものの、最終トリガーになったのは、YouTubeから流れきたファン作成による全曲メドレーだ。

自動再生で聞き流しをしていた途中、この曲は誰の曲なのか?というところであった。

在宅&オフサイトワークの副産物として、一気に惹き込まれたようだ。

 

思い返せばAKBの成熟と停滞、収縮が如実になり始めた頃、ひらがなけやきの発足の認識までは追えていた。

やがて日向坂46への改名、紅白出場までも視聴してはいたが、眩いアイドルの姿に少し目を背けていた。

自身の年齢のせいかもしれないが、乃木坂、欅坂は観ていても少しながら恥じらいは緩衝されるのは何故だろうか?

もしかしたら、楽曲のタイトルにバイアスがあったのかもしれない。

「キュン」「キツネ」「ドレミソラシド」、、、このタイトルだけを見ると、初老の足音が聞こえてくる年齢にとっては、喜んで聞き入ってはいけない世界のように思えていた。

タイトルもアーティスト名一切知らずに、楽曲だけ耳にするYouTubeの聞き流しは、純粋に歌詞を咀嚼するのに最適だったのかもしれない。

秋元康先生が紡ぎ出す一片の歌詞が、自身の感情を揺さぶるには充分であった。

およそ40年間にわたって積み重なってきた、無意識に反応するという装置が出来上がっていたのだろう。

 

日向坂に関して、具体的にどこが好きかとか、感覚的なところも多いのだが、これからブログに残しておこうと思う。

 

ではでは。

 

 

柏木由紀がこの春AKBを卒業した。

 

2008年夏、日比谷野音で揃い踏みした

チームA,K,Bのオリジナルメンバーは、

全てAKBから姿を消した。

 

メンバーの卒業や離籍がある度に、

ターニングポイントだと感じていたものの、

日比谷野音を観覧した私個人としては、

柏木由紀の卒業が最も強いものとなった。

柏木由紀はあの夏の高揚感のワンピースとして、

あの頃のAKBを辛うじて繋ぎ止めていた、

存在であったのかもしれない。

 

だが、それ以外にも要因はある。

記事タイトル通り、ここ数年坂道を見上げ始めている。

意図的に意識から遠ざけていたが、

長年に亘り獲得し続けたグループアイドルへの非耐性が

また露呈されてしまった。

 

グループアイドルだからといって、何でも良い訳でも無く、

かと言って奇跡的な遭遇でもなく、

AKBの喪失感を補填するものでもない。

それは戦略的なストーリーに成り立っていて、

必然だったのかもしれない。

 

次回以降は日向坂46の内容がメインになるが、

感謝とリスペクトを表すために、

ブログタイトルは変更しない予定ではある。

 

ではでは。

 

 

以前の投稿から、2年以上も経過した。

 

この間、グループ内では続々とメンバーの卒業や辞退、および発表が行われた。

 

コロナ禍は間違いなく負のインパクトを残しているが、AKBグループのビジネスモデルに対する本当の過渡期が来たことも否めない。

 

芸能界においてステップUPするための一時的なショーケースでもあれば、AKBが好きで所属したいという純粋な動機で活動してるメンバーもいる。

 

その中で、メンバー各自の人生をどう歩むかを熟慮した結果なので、中途半端な古参ファンの私は、肯定的に受け止めるしかないし、また心からそう信じている。

 

私なりに勝手ながら、AKBのいままでをフェーズ分けしてみた。

 

◯創成期: 2005年冬(発足)〜2008年秋(初期メン5名同時卒業)

・私より遥か前の最古参ファンにはリスペクトしかない。

・この時代を目撃できたことは、我ながら誇らしいと思っている。

・「知らない・興味ない」から「知る・理解」へのパラダイムシフトは、最高のエキサイティングである。

 

◯成長期: 〜2010年秋(組閣完了)

・皮肉にも新体制とも言えるべきドラマチックな展開が、勢いを加速させる。

・横展開やサプライズのトライ&エラーが多発し、変化を睨みながら成長していく。

 

◯成熟期: 〜2017年冬(渡辺麻友卒業)

・AKBとしての完成形とも言える「チームA、K、B」の3チーム体制の最後発となるチームBの中核のロス。

・AKBをアイドルとたらしめたメンバーの卒業は大変痛手、かつ本人も活動の限界を見越していたのであろう。

 

◯衰退期: 〜2024年春(柏木由紀卒業)

・グループアイドルとして競合が群雄割拠の中、悲しいことにアイドルという職業の特性上、新鮮なものに軍配が上がる。

・コアなファンでは無い層からも、心配されるアイドルとしてシーラカンス化したメンバーの卒業は、

現場でAKBのそのものを体現、かつ生き字引なくなることを意味する。

 

◯変革期: 2024年初夏以降(向井地美音、総監督譲位)

・総監督を立候補の上、就任した向井地美音。

・変革を求めるも、やや志半ば感もある中、グループ存続を第一目標として、長期的な戦略を立案実行を期待したい。

 

敢えて変革期を加えさせていただいたのは、グループ存続を期待をしているからである。

 

振り返ってみるとモーニング娘。は、2007年の紅白にてAKBの与えたインパクト以降、アイドル界の盟主を一度は失いはしたものの、今でもアイドルとしてその名前だけに限らず、独自のポジションを確立している。

 

私も50代半ばに突入する。

残された時間はそんなには無いのではあるが、日々触れるメディアでAKBの情報が触れ続けることができるのであれば、私はAKBのファンであったことを誇らしく、かつ肯定的な思いを抱いて生きてゆくことができる。

 

その最大の理由は次回の投稿で示そうと思う。

 

ではでは。

 

 

 

 

効率を考えると、至極当たり前のことかもしれないが、オリジナルの会員組織が消滅となると、些か寂しい。劇場のアイデンティティでもある『二本柱』という文字を、モバイル会員の名称へ引き継げたりはしないものだろうか?

 

2011年に発足となってはいるが、『二本柱の会』の源流は以前からあり、会員システム上のアップデートが行われたのが2011年ということで、会員番号の引き継ぎも行われた。

 

私が入会したのは2008年の秋で、初期メン5名が卒業するNHKホールのコンサートを先行予約するためだった。秋葉原の劇場で当時の支配人であった戸賀崎氏自らが受付していた。

 

この頃からAKB熱が一気にUPしたので、『二本柱の会』に対する思いは非常に深い。その後も先行予約によって、いくつかのAKBの歴史を目撃してきたが、ここ数年は会員の権利保持だけのために継続しており、抽選も当たらず、それでも些少ながらもAKBへの投資しているんだ、、、という自己満足に陥っていたのも事実だった。

 

今回の閉会予告に関して、私の様に思う方はかなり多いかと思う。あと1年少々、中古参のファンたちはどのような選択をするのか、今までのファン活動を振り返りながら、未来を見据える良い機会になるかと思う。

 

ではでは。

 

 

今、こんな話を真面目にする相手がいない事は確かだが、AKBファンの証明として、自分のためにもブログに残しておこう。

 

自身がファンとして立派になった(?)2008年の秋口にスタートした「A5th 恋愛禁止条例公演」。

正規公演では最も観覧した公演であり、千秋楽とともにチームシャッフルが行われ、推しメンがAKB卒業を余儀なくされた忌まわしい公演でもあるが、接触した回数と比例して深みを増した。

そんなA5thではあるが、シャッフルが決まった後に観覧した際は、冒頭の4曲が終わるまでに涙を流さなっかた事は無かった。

それは二人の若い男女のストーリーが隠されているからだ。

 

それでは順に追っていこう。

 

1、長い光

主人公はとある若い女性。おそらく大卒で就職した25歳前後のオフィスレディ。おそらく、今まで出会った恋愛の中で、最も自分を愛してくれる男性に包まれ、最大の幸福感の中に居て、永遠の異性として結婚も意識しており、それを心の底から祈っている。

 

、、、心も身体も女性として成長し、少女の要素が完全に消え去りゆく。そこから数年遡り、次の楽曲へと繋がる

 

2、スコールの間に

同じ女性が大学生の時、初めて本気の恋愛を経験する。まだ好きという感情はうまく表現できず、このまま好きな男性と同じ空間に居たい。その為にはスコールはいつまでも止まないで欲しい。恋愛に対する距離感が分からず、何かに頼るしかない。ボートハウスというセッティングが大学生っぽくて、大人の階段を上っている感じがする。

 

、、、よくある心象描写ではあるが、ストレートに心の迷いと呟きは、「長い光」と対照的な恋愛に対する姿勢を醸し出している。そして、さらに数年遡り、JK時代へ。

 

3、JK眠り姫

文字通り、この同じ女性は高校生。共学ではなく女子高校の生徒で、女子の仲間とのティーンエイジを謳歌している。校内に男子生徒はおらず、普段から接点は少ないため、恋愛よりも、「JK」の今を大切にしている。青春のわずかな期間を、永遠に続く時間と同じ価値あるものと信じて疑わない、無垢な若さで突き進んてはいるが、いつか理想の男子に巡り会いたい。その一方、自分の事をずーっと好きでいる男子がいる事には気付いていない。

 

、、、以上の冒頭3曲は、一人の女性の時間を10年ほど遡っているが、次の曲でもう一人の主人公である同級生の男子が登場する。

 

4、君に会うたび恋をする

ある男子が中学生時代のクラスメイトに恋をした。だがその想いは打ち明けることはできずに「いつまでも友達」として中学を卒業。その後、他の女性にも恋をしたが、浮かんで来るのはあの時の淡い恋心。いつもこれが邪魔をする。いつしか同窓会で再びあの子に出会えることが一番の楽しみとなり、会うたびに当時の恋心が溢れてくる。告白出来なかった過去を後悔するが、今のあの子を本当に好きはどうかは解らない。中学時代の淡い恋にいつまでも恋をして、その感触をつなぎ合わせて10年ぐらい経つ。同窓会は、あの時の恋心に浸れる大義名分的な位置付けになっている。

 

、、、ここで、冒頭4曲における二人のストーリーは終わる。

 

この通り、中学時代に恋をしたこの男子は時折り当時の恋を感情の最前線に引っ張り出すが、一方女子の方は、時とともにそれなりの恋愛感情を経て、現在は最後の恋になるかもしれない状況にある。

成長しない男子と成長している女子の対比が、巧妙に歌詞の中に組み込まれている。

 

しかし今、互いに大人になった二人が同窓会以外で出会った時、今後の行方がどうなるか知りたい気もする。

この4曲以降にも、A5thにはこの主人公が登場しているかのような歌詞がある。

 

歌詞の中に想像力を掻き立てることと、アイドルという偶像に感情を投影し心の中で占有すること。この両輪が最大のシナジーを生み出している点、これがA5thの魅力である。

 

特に「君に会うたび恋をする」は、歌詞の意味を噛み締めるかのように、マーチングパレードのようなテンポとフォーメーションが、主人公の男子の切なさの中にも高揚感が浮かび上がっている事が表現されている。この高揚感のおかげて男子の報われない淡い恋愛はこのままで良いんだ!と肯定的に感じられ、すごく喉越しの良い楽曲となっている。「Let's go everybody!」、このシンプルなセンテンスが、このストーリーに決着をつけているのであろう。

 

とは言え当時の平均年齢が20歳前後のメンバー達がその意味を理解して歌っているとは限らない。

あくまで観覧している一部の男性に響いている歌詞を、無垢なアイドルが元気良くパフォーマンスしている情景と、劇場のややチープで埃っぽい空間が、私世代の遠い記憶のかすみ具合とリンクし、涙を創成させるのだろう。

 

A5th、最高にして最後のAKBらしい公演だ。

 

ではでは。

 

 

 

無観客とはいえオリンピックも目前に迫り、国内でもライブイベントに対して些少ながら緩和ムードが漂っている。

昨年は「特別な夏」ではあったが、今年は「起点となる夏」になるであろう。

 

AKBも含むエンタメ業界がこの先未来にどうのように変化していくのか?

その在り方だけではなく、テクノロジー面が加速度的に寄与し、オリンピックを境目に方向付けされるという意味で、この夏は新たなる「起点」となるであろう。

 

私の「夏の起点」といえば、過去のブログにも記述したが、おニャン子クラブとの別れと、AKBとの出会いだ。

高校1年の夏はおニャン子クラブの最後の時間を見守り、その約20年後の夏、AKBと出会った。

 

この約20年間は特に何も無く虚無感が漂っていた訳ではなく、一般的な大多数の人間が過ごすような、さながら特別感もなければ、不毛な人生でもなく、その時々を楽しめて生きていた。

もちろん、おニャン子クラブを忘れることは無かったが、既に過去の想い出として記憶の中に永久シードとして格納されていた。

無理に記憶から引っ張り出して、感傷に浸ることもなく、当時、いわゆる昔を語るネタとして会話が盛り上がったり、かつてファンだったという人と出会った時の共感を得るための、キラーコンテンツとして活躍してしいた。

アイドルが自分の心に本気を目覚めさすような事はないと思っていた。

 

だがどうしてか、偶然AKBの冠番組「AKB1じ59ふん」の初回放送を観てしまって、揶揄していた地下カルチャーとして捉えていた印象が覆された。

2008年の年初〜初冬にかけてファンとして自認する過程をおさらいすると、、、

 

  1. 夕やけニャンニャンのような「騒々しい」TV番組コンテンツが心に刺さる。
  2. 深夜の楽しみとなり、オンタイム放送視聴、録画の見直し、消去厳禁の永久保存がルーティンとなる。
  3. メンバーを知ろうとして、少しづつネットで憶えはじめる。
  4. 番組終盤の楽曲「桜の花びらたち」の歌詞”涙の花びらたちがはらはら”に、アイドルが歌うという違和感と感動が芽生える。
  5. 秋元康氏の詞選びの素晴らしさに改めて気づき、自分将来に恐怖さえ感じる。
  6. CD、DVDを徐々に鑑賞し始め、さらにAKBプロジェクトの全貌を理解し始める。
  7. AX2008のDVDを鑑賞し、楽曲を生で聴きたくなる。
  8. この子達は本当に存在するのかという疑問を持ち、会いたくなる。
  9. 2008年の夏、劇場で初観覧し。生の女の子達の可愛さと小ささとは対照的に、自分の老化が際立ち愕然とする。
  10. お気に入りが出来る。(佐藤由加理、戸島花、小嶋陽菜、大島優子はじめTeam Kのまとまり感。)
  11. 真夏の日テレの汐留イベントに駆けつけ、半ば追っかけみたいな事をする。A4thの冒頭曲に圧倒される。
  12. 雨の日比谷野音で3チーム体制の完成形を見る。SKEのお披露目にも立ち会う。
  13. その後、月2程度のペースで劇場で3チームをローテションで観覧する。
  14. 初期メンバー5名の卒業で感情がMAXになり、これがファン歴の前半における最大のエポックとなる。

あれから13年、何度メンバーもファンも新陳代謝が行われただろうか?

私自身は13年前のファンになる過程に味わった熱量は今は無い事は確かだ。

しかし、AKBに関しては「楽曲」の良さ、特に歌詞の世界観がファンとしての多くのトリガーとなっているため、それを歌い紡いでくれるためにも、大なり小なりファンとしての責任とプライドを遂行していきたい。

 

今年で結成から16年、「起点となる夏」を経て、グループもファン達も私自身もどう変わるのか、今後の末永い楽しみとしてとっておこう。

 

ではでは。

 

 

 

 

2017年の振り返り以来、実に2年3ヶ月ぶりの投稿。

 

ブログに対するヤル気云々とかではなく、

記憶されるべき情報の更新が為されていないのであろう。

 

いかなるメディアにも接触していないという事ではなく、

心にブックマークされるような特筆すべきエポックが無かったという事だ。

 

個人的には2018年、2019年と劇場にも足を運び、

些少ながらもAKBの情報には接触してはいるものの、

非常に悔しい事にコロナ禍を被り、AKBプロジェクトの肝である、

ファンとの距離感が崩壊してしまった。

 

劇場公演こそがAKBの真髄と考えている私にとっては、

マスメディアでの露出は、劇場公演の楽しみを増幅させるツールとなり、

とてつもないシナジー効果を創出していたのだが、

悲しい事にその両者とも激減してしまった。

殊にマスメディアにおける冠番組の終了は、

その後訪れるコロナ渦において、

かなり危機的な痛手を被った事になる。

 

劇場公演は「消えて無くならない」というプロジェクトの土壌、

いわゆる固定資産みたいなもので、

一気にファンが消え去るという事はなく、

興行面においては他のアイドルグループ、

強いては坂道Gより寿命が長くなるポテンシャルがある。

是非そう願いたいものである。

 

〆る言葉として、A5th公演「ひこうき雲」の一節をお借りして言わしてもらう。

 

“記憶の街角 人が多すぎるから”

 

かつて抱いたあの昂奮に、いつかまた出会えるだろうか?

完全に解散するまでは、情報は取りに行くマインドは消えないだろう。

であればこれからどれだけ積み重ねることが出来るかわからないが、

AKBから与えられた記憶は、他のどの記憶とも明解な差別化を図りたい。

 

ではでは。